■ きんつば作る 〜 きんつばのあるお茶の時間
ー キン・コンとチャイムの鳴る音
「こんにちはー」
「あら、いらっしゃい。まあ、まあ、上がって」
ー 南向きの居間。庭に面したガラス戸から陽がさしている。中央に座卓あり。座布団を客にすすめる女主人
「しばらくぶりだったわね。今、お茶入れるから待っててね」
「どうもありがとうございます。それから、これ、お茶菓子なんだけど、どうぞ」
「まあ、まあ、ご丁寧に。ありがとう。これ、知ってるわ。深川不動のお店の有名なきんつばでしょ、おいしいのよ」
「そうですか。確かおばさま、きんつばが好きだって、聞いたことがあるように思って」
ー 急須からお茶を注ぐ音
「さ、お茶どうぞ。じゃ遠慮なく頂いて。一緒に食べましょ」
「今日はあったかですよね。こっちにくる途中で梅、見ましたよ」
「そう。もう春よね」
ー 少しの間、無言
「ところで、どう?旦那さんとうまく行ってる?」
「えー、ちょっと。この前、口喧嘩しちゃって・・・」
「あらー、若いときは、喧嘩しちゃうのよね」
「ええ。つまんないことなんだけど」
「そうよ。大体、つまんないことから、喧嘩するんだから。ほほ、いやね、私もあったわ、そんなこと」
「おばさまも、そんなことあったんですか?」
「そうよ。それもね、このきんつば。私はね、きんつば事件って呼んでたの、心ん中で。でもこのきんつば好きだわ。あんの中の小豆がぽろっととれるくらいのが好き」
「なんですか?それ、きんつば事件って」
「いえね。つまんないことなのよ。昔ね、私も若い頃でね。いやよ。ほほ、なんか恥ずかしいわね」
「そんなことないです。おばさま、お若いし」
「ま、ありがと。いつだったかしらね。旦那がね、ある日、おみやげにきんつばを買ってきたのよ。だって、あの人、お酒が好きだったでしょ。なのにきんつばなんか買ってくるもんだから、あら、どうしたのって、聞いたの。そしたらね、近くの和菓子屋で買って来たって、言うから。こっちもね、その和菓子屋の奥さん、美人なの知ってたもんだから、奥さんがきれいだから、買って来たんじゃないの、なんて嫌み言っちゃったのよ」
「そういうことって、ありますよね」
「そう、そしたらね、あの人怒りだしちゃって。こっちもね、そのうち、あの人がね本当に奥さん目当てで和菓子屋に行ったような気になっちゃって、なんか腹がたってきてね。何で怒るのよ、本当のことじゃないのかしら、なんて言い返したもんだから、あの人ったら、なんだこんなものって、きんつばの袋、壁に投げつけちゃったりして、結局、二三日、口利かなくってしまったの」
「えー、そんなことあったんですか」
「まあね。すぐ仲直りしたんだけど。それから、なんか、きんつば買うこと、なくなっちゃったのよ。旦那も、こっちも何か意地があるじゃない。きんつば買ってくることなかったわね」
「そうだったんですか」
「そうなの。でもね、後でね、旦那、きんつばが、好きだったってことが分かったの。黙ってたけどね。ほほ、それで、可笑しいのよ。あの人、私に隠れてきんつば買って食べていたみたいなの。一度だったか、洗濯しようと思ってたら、ポケットにきんつばの包み紙が入っていたのよ」
「まあ、ちょっとおじさま可哀想でしたね」
ー しばらくして、客、帰る。女主人、仏壇にきんつばを供えて
「はい、きんつばよ。あなたに好きなきんつば、買ってきてあげなくって、ごめんなさいね。でも、私だって、食べたかったけど、我慢してたのよ」
「なんまいだぶつ」
「ほほ、でも時々ね、一人のとき、食べちゃったんだ」
■ ケーキを作る 〜 女子高生の冒険
― 天気のよい9月の昼下がり。都会のレストラン
「いらっしゃいませ。お二人ですか?こちらへどうぞ」
ー テーブルにつく二人
「何にいたしましょうか?」
「私ね、チーズケーキ」
「あ、私も」
「お飲み物は?」
「私はアイスコーヒー」
「私は、そうね、ソルティドッグ」
「はい、かしこまりました」
ー ウェイター去る
「ちょっと、あんたー。ソルティドッグって、お酒だよ」
「知ってるよ」
「高校生ってばれないかな」
「だいじょぶだよ。田村ってば、臆病なんじゃないの」
「何、言ってんのよ。今日はお化粧が濃いから大学生に見られるかな?」
「ちょっと濃いんじゃないの」
「坂井だって、相当だよ。でもあんた、ソルティドッグって飲んだことあんの?」
「実はないんだー。本で読んだの」
「私、知らないからね」
ー ウェイターチーズケーキと飲み物を盆にのせて持ってくる
「お待ち遠さまでした。チーズケーキでございます。アイスコーヒーはどちら?」
「こっち」
「どうぞ、ごゆっくり」
ー ウェイター去る
「ねえ、坂井。ウェイターさあ、あんたのことジロって見てなかった?」
「気のせいだよ」
「うーん、このチーズケーキ美味しいー。あの雑誌のとおりだよね」
「まあまあじゃない」
「ね、あんたのグラスのふちの白いの何?」
「え?これ?・・・塩だよ」
「それでソルティって言うのか。でもさなんでドッグなの?犬だよ、犬。ギャハハ」
「知らないよ。でもチーズケーキに、合うよ。これ」
「へー、ちょっと私にも飲ませて」
「うーん。チーズケーキに合うのかな?わかんないよ」
「子供にはわかんないよ」
「へーん。自分だって。ところでさ、太田がさ、K大の高橋さんとつき合ってるんだってさ。知ってる?」
「・・・」
「K大の高橋さんってさ、この前、坂井のこと見つめてたでしょ?なんかあったの?」
「・・・」
「ねえってば」
「うるさいなー。いいんだよ。あんなの、別に」
「太田ってさ。大人っぽいもんね。やっぱ高校生ってさ、子供に見られるのかな。・・・そうか、それで、坂井ってさ大人ぶってるのか」
「違うよ。ちょっとした冒険だよ」
「ちっちゃい冒険」
「うるさーい」
「ギャハッハー」
■ 中華まんじゅうを作る 〜 饅頭売りの少年の話
ー 駅のプラットフォーム。蒸気機関車に曳かれた長距離列車が入ってくる
「マントウ、マントウ、いかがですかーー、パオズ、パオズ、いかがですかーー」
ー 車内の男、列車のデッキを降りて、マントウ売りの少年から、マントウを買い、車内に戻る
「マントウ、買ってきた。まだ暖かいぞ」
「あら、気が利くわね」
「そうかい、昼時にはちょっと早いがな。ウッ、ゴホン」
「あら、あせるから」
「いや、ちょっと湯気にむせちゃって」
「あら、これなかなかおいしいじゃない。近頃、珍しいわね」
「そうだな。でも金だしゃ何でも食えるさ」
「昔はよかったわよね」
ー ガタンといって、列車が動き出す
「俺ってさ、昔、もっと南の地方でさ、子供の頃、あんな風に駅でマントウ売ってたんだよな」
「知ってる。最初に会った頃、そんなこと言ってたわね」
「生まれたところが内陸でさ、親と一緒に沿岸部に出てきたんだよね。証明書なしに」
「ふーん」
「でも、証明書がないからさ、まともな仕事にゃ親もつけなくって、俺も学校にも行けずに、マントウ売りさせられたんだよ」
「それで」
「あの頃は体も小さくって、駅まで商売道具一式と仕入れたマントウが重くってな」
「でもそれで儲けたんでしょ」
「ああ。たまたま、マントウにつけるタレだとか漬け物売ってるおばさんと仲良くなってさ。マントウと一緒に売るようになったら、当たってな」
「それを貯めたわけね」
「そうよ。親父に見つかると巻き上げられるからな。隠しといたさ。そのうちに政府の通達があって、許可証なしで、住んでいいことになって、ちょっとは暮らしもよくなったっけ。私立だったけどさ、学校にも行けるようになったんだよな。学校行って嬉しかったな。でもよ。後から考えると、ひどい学校でよ。教師なんか、本当に教育受けてんだかなんだか、わからないぐらいだよな、今考えると」
「それでもよかったんでしょ」
「ああ、一応学校だから読み書き習って、親は金かかったみたいだしな。あの頃、沿岸部ではさ、許可証なしに学校に行けないし、あっても、相当役人に金積まなきゃいけなかったからな。公立なんかにゃ行けなかったさ。ま、親には世話になったと思ってるよ。それからだよな、俺もちょっとは賢くなってさ、内陸から来たばっかりの奴らを雇ったんだよ。マントウ売りに。それで結構な金になった」
「あんたってさ、商売上手だよね。ちょっとワルが入ってるけど」
「何言ってんだ。それで食ってきたくせに」
「いいじゃないのさ」
「それからよ。ぐんぐん景気がよくなってな」
「そうよね。あたしがあんたと会った頃、あんた、若いくせに金の鎖じゃらじゃらさせてたもんね」
「それに惚れたんだろ」
「まあね」
「あの頃はよかったよな。金型の工場まで持つ身分になって。調子が良かったよな。畜生」
「しょうがないわよ。河の向こう側に土地買ったからって、あの時にこうなるなんて分かりゃしないんだから」
「くそ。あの地区委員会の書記に、あんなに金積んで、あの一帯、買い占めたのに」
「そうよね。あん時は、あんたの会社、倍になるかどうかだったもんね。日本からも客が来たっけね」
「そうよ。あの工業地帯のオーナーだったからさ。あの日本人なんか、ぺこぺこしちゃってよ。工場建てさせてくれって。お前さ、董事長だなんて威張ってたよな」
「あら、あんただって、総裁だなんて、相当ふんぞり返っていたわよ。ロジスティックスもおおぼら吹いちゃってさ」
「ばか、地区委員会と話がついて、すぐ近くに橋もできる計画だったし、鉄道と高速も引っ張ってくる予定だったんだぞ」
ー しばらく無言
「くそ、だから党の奴らなんか信用できないんだ」
「仕方ないわよ。あん時は。石油がショートしたら、いきなりドルがインフレになってさ、元も暴落しちゃって。上海と北京で相当、腹探り合いしたみたいよ」
「そうだよな、地区委員のあのくそ書記長、適当なこと言ってからトンズラしやがって」
「でも、まあ、命があっただけ儲けもんだよ。上流の方ではかなり激しくやったみたいだから。私だって、あの時出張でさ、なんかおかしいと思ったんだけど、携帯もメールも使えなくなっちゃって。仕方なくホテルいたらさ、夜だったっけ。遠くのほうだったのに、凄かったのよ。火が飛び交ってさ」
「ああ、北京と南京軍区の人民軍がミサイルを目一杯撃ち合ったからな。核使う寸前だったらしいぞ」
「で結局、あんたも割くったと」
「馬鹿やろ。河のこっち側に土地もってりゃよかったのに。くそ。土地ありゃ、まだ、内陸からの難民に畑作らすこともできたのによ」
「仕方ないわよ。軍事境界線があそこだけ、河の向こうなんだから。また、マントウ売りゃいいのよ。私さ、小さい店だけどさ。権利買っといたからさ。一緒に食堂でもやろうよ」
「ちぇ、女はたくましいよな」
■ ピザを作る 〜 デリバリー・ドライバーの話
ー 時間は夜の十時頃。宅配ピザの店先、数台の宅配バイクが並んでいる。チーズの匂いがあたり一面に漂っている
「店長、行ってきます」
「おー、気い付けてな」
「さあ、行くぜ、俺のドゥカティ」
ー パタパタとエンジンのかかる音
「よっこらしょっと。名前だけドゥカティだけど50ccだからな、地面けとばさなきゃ動かないぜ」
「行くぜ、ギュンギュンとね」
ー パラパラというエンジンの音とともに、バイク、道に出る
「えーっと、しあわせ台三丁目の日の出アパート、加藤さんね。日の出アパートね、行ったことある気がするな。まあ、いいや出発。バイーンとね」
ー ビーンというエンジンの音
「しあわせ台か。ちょっと坂がきついんだよな、あそこ。まあ、十分で着くね」
「おっ、信号が変わりそうだね。まに合うかな?行け、ドゥカティ」
「・・・ありゃ、黄色になっちゃったよ。ちょいと間に合わなかったな」
ー 信号で止まるバイク
「はい、間もなく信号緑、3、2、1、ゴー、バリバリだぜ」
ー バタバタバタッとバイクがスタート
「次のカーブがきついからな。コース取りばっちり、いくぜ。リーン・イン」
ー バイクのエンジンちょっと息をついてから、ビーンという音からバタバタッという音に
「コーナーがきついぜ」
ー バイクのタイヤがキッとカーブで鳴る
「おっと、タイヤがちょいと滑った。アブネーぜ、尻がむずむずするな。次のコーナー行くぜ」
ー バイク、坂道にかかる
「ちょいとパワーが足んないぞ。頑張れドゥカティ400ss!」
ー バイク、坂道を上りきってエンジン再び軽いピーンという音
「やったぜ、ドゥカティ。さてと三丁目ね。ここが一丁目だから、もうちょいだな。上に来ると風が強いな。えっと、あれが三丁目の交差点、と。ここを右に曲がってね」
ー バイク、日の出アパートの前にでる
「おっと。着いた着いた。えー、丁度十五分か。ちょっと時間かかっちゃったな」
ー デリバリー・ドライバー、鉄の階段をカンカンという音をたてて上がる
「お、ここだ加藤さん。ピンポンとねっ」
「今晩はー。ピザ屋でーす。ピザお届けに参りましたー」
ー ガチャリとドアが開く
「はい、ご注文のピザでーす。はい、そうです。大丈夫です。おつりありますから。じゃどうも、毎度ありがとうございまーす」
ー バタリとドア閉まる
「じゃ戻るか。そうそう、店長に電話しなくっちゃ」
ー 携帯を取り出すデリバリー・ドライバー
「もしもし、3号車でーす。配達終了しましたー。はい、わかりましたー。これから戻りまーす」
「帰りはヤマハにするか。よし帰るぜ俺のFZR」
ー 店に到着したデリバリー・ドライバー
「ただいまー、3号車戻りましたー」
「おー、ご苦労さん。ハナコちゃん、よく働くよな。寒くなかったか?」
「へーきでーす」
■おにぎりを作る 〜 こないだのサルカニ合戦
ー 夏の浜辺ちかく。雑木林の道でサルとカニが出会う
「あーらカニさんじゃないですか。こんにちは」
「あ、どーもサルさん。こんにちはー、きょうはどこかにお出かけですか?」
「いい天気なんでね。木の上ばっかり、てのも飽きちゃって」
「そうですよね。私は、まあ、あんまり良いお天気というのも、ちょっと具合が悪いんですけどね」
「そうですよね。ちょっと口のまわりに泡ついてるし」
「あは、泡ついてます?なんかこの頃、口にしまりがなくて」
「ところで、カニさん。何持ってるんです?重たそうに」
「ああ、これですか。砂浜で拾ったんですよ。おにぎりですよ」
ー カニ、ポリ袋からおにぎりを取り出す
「それ。セブン・トウェルブのツナマヨおにぎり」
「ああ、そうなんですか。これ」
「ね、カニさん。私も木の根元で、これ拾ったんですが。かきのタネ。交換しません?」
ー サル、かきのタネの入った菓子袋をさしだす
「私ね。このごろ、ちょっと入れ歯の具合が悪くってね。固いのはね。食べられないんですよ」
「だいじょうぶですって。このごろは入れ歯をしっかり固定するもんがあるんですよ。知らない?」
「あー、あれね。ヨメが買ってきてくれた、みたいなんですが」
「あれ、つければね。しっかり食べられるから」
「そうですかねー。食べられますかね?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「はー、いや、遠慮しときますよ」
「え、何で?カキノタネ、お嫌いですか」
「はー、以前は好きだったんですがー。この前ね。ピーナツ入ってるでしょ。カキノタネに」
「そりゃそうです。カキノタネだから」
「でねー。この前に、そのピーナツが」
ー サル、ちょっとじれて
「で、どうしたんです。え、喉にでも引っかかった?」
「いえねー。喉には引っかかんなかったんですが。歯茎と入れ歯の間に挟まっちゃってー。それでですねー」
「入れ歯外せばいいんじゃないですか」
「それがー、サルさんのおっしゃった、あのー、入れ歯を固定するやつがね」
「くっついて取れないと?」
「いえね、取れたんですが、その固定するやつにー」
「何だってんです?いったい」
「そのガムみたいなのにー、ピーナツがくっついちゃたんですよ」
「それはね、洗えばいいの。じゃ、交換しましょ」
ー サル、カニからひったくるようにおにぎりを取り、カキノタネを押し付ける
「ねー、カニさん。このカキノタネ、袋の口が開いてます」
「あー、それね。私がね。腐ってないか確かめておきましたから」
「はー、それはご親切に」
「だいたい、カニさんじゃ、このおにぎり、うまく食べられないでしょ。ほら、こんなふうに順番に引っ張っていくんだよ」
「はー、なるほど。ところでねー」
「一でしょ、二、それで三と」
「ほー、サルさん器用なもんですなー。それでですね。そのおにぎりなんですがー」
「で、ぱっくりとね。・・・うっ、これ変な味してるよ。うっ、糸ひいてる」
「そりゃー、そうだよ。暑いさなかの浜で拾ったんだから。このタコじゃないサル」
■ 揚げものを取り入れる 〜 グルメレポーターの話
「はい、ジュンちゃんいいかな。はーい、カメラ回りまーす。3、2、・、・」
「はーい、皆さん、コンニチハー。レポーターのジュンでーす。今日は、ダイコク商店街にやってまいりました。ここは下町ですから、おいしいものをたくさんご紹介できると思いますよー」
「アーッ、見つけました。お肉やさんですね。おいしそうなコロッケが並んでますね。おばさーん、こんにちはー。これがおすすめのコロッケですね。それで、これがメンチですね。皆さん、揚げたてですよ。おいしそうですね。えー、いいんですか?いただいちゃって」
ー 紙切れで挟んだメンチを持つレポーター
「ほらおいしそうですー。アチアチッ。熱々でーす。割ってみますよー。ほらー、おいしそうな肉汁が。うーん、おいしいっ」
「はーい、カット。ジュンちゃん、もっと美味しそうに食べてよ」
「(小声で)はあ、わかりました。でも、このメンチ、なんか油っぽくて。肉がパサパサしてるしー」
「いいの、いいの。はい、カメラ回して。3、2、・、・」
「ほらおいしそうですー。アチアチッ。熱々でーす。割ってみますよー。ほらー、おいしそうな肉汁が。うーん、おいしいっ」
「んーん。まあいいだろ。はいカット。カメラさん。メンチ揚げるとこ写しといて。え、どっから撮るかって?適当に撮っといて。何年もコロッケ撮ってんだろ」
「はーい、ジュンちゃん。今度はコロッケ食べてみよー。おばちゃん、コロッケ、この子に上げてよ。はーい、回りまーす。3、2、・、・」
「このお店、コロッケもとっても評判なんですよ、ね、おばちゃん?では、いただきまーす。うーん、美味しいー。ホックホクです」
「(小声で)きつー。なんかべちゃべちゃだよ。このコロッケ。油っぽいし。いつの油使ってんだ?」
「じゃ、次いくぞー。おばちゃん、どーもー。来週のに映るかもしんないからね」
ー クルー、商店街のパン屋の前に陣取る
「はーい、この商店街って、すてきなお店がいっぱいあるんですよ。ここは、評判のパン屋さんです。あれ、なんでしょね。ちょっとお客さんに聞いてみます」
「こんにちはー」
「こんにちは」
「このパン屋さんに、よくいらっしゃるんですかー?」
「たまに来るよ」
「何がおすすめですかー?」
「やきそばパンだね。よく買うよ」
「はーい、皆さーん。このパン屋さん、やきそばパンが評判のようです。ちょっとお店のひとに聞いてみますね」
「こんにちは」
「こんちは」
「このお店のやきそばパンって、とっても評判って、聞きましたが、何か秘訣があるんですか?」
「そうだね。ソースとやきそばの焼き方かなー」
「じゃ、みなさん、頂いてみますね」
ー やきそばパンにかぶりつくレポーター
「うっ、辛い、じゃなくて、おいしいっ!ご主人、おいしいですね。このパン。このやきそばの香りがたまりませんねー」
「(小声で)ぐっ、なんだこの味。塩っぱい上にソースでびちょびちょだよ。やきそば、ねちゃねちゃだし」
「はーい、ジュンちゃん。もっと美味しそうに食べて!そうそう」
「カット。だめだよジュンちゃん。なに涙ながしてんの!」
「ディレクター〜。すいませんが。もうちょっとおなか落ち着くまで、待ってもらえないじゃないでしょうか?なんか苦しくて。あっちで、見ている見物人が、あの店のやきそばパンなんてよく喰うよな、って言ってました。おれなんか、一回吐いちゃったことあるよ、なんて、言ってる人もいるんですが」
「何、言ってんの。まだ始まったばっかりだよ。はーい、もう一回行きます」
「ディレクター〜。お願い〜します〜」
「だめだめ。おじさん。ジュンちゃんにやきそばパン渡してくれる?はい、カメラ回して。3、2、・、・」
「うっ、おいしいっ!ご主人、おいしいですね。このパン。このやきそばの香りがたまりませんねー。もう最高じゃないですか。死ぬ程おいしいでっす」
「はーい、カット。カメラさん。店の厨房ん中、撮っといて」
「ジュンちゃん、ご苦労さん」
「はい、次はADの探してきた唐揚げだかんね。ジュンちゃん?泣くなよ」
「うっ、うっ。ディレクター〜。この商店街に美味しいものないんでしょうか?」
「あるわきゃねーだろ。この商店街の協会長が俺のオヤジで、宣伝頼まれてんだからな。死んでも喰え!」
■ ステーキを焼く 〜 ステーキを焼く父
ー 台所に立つ男、それを食卓について見ている娘
「ようし、まってろよ。ステーキだぞ」
「おとうさん、だいじょうぶ?」
「だいじょうぶさ。まかせとっけって。おとうさんだって、昔は料理したことあるんだから」
「うん、楽しみにしてるよ。ステーキ食べるなんてひさしぶり」
「そうだっけかな?ここんとこ、あまり肉喰った覚えがないな、そういえば」
「そうだよ。大体、野菜炒め」
「そうだったかー。ところでさ、学校どう?」
「うん、まあまあだよ」
「いじめがはやってるって言うじゃないか。そういえばPTAにも行かなきゃいけないんだな」
「そうだよ。でも授業参観の時はね。皆、おとなしいから」
「じゃ、普段はどうなのよ」
「たまにさ、ほら、授業中に勝手にトイレにいっちゃう子とかいるけど」
「ふーん。そうなの。先生って怒らないのか?」
「ほら、おとうさん。フライパン熱すぎー」
「おっ、そうか。煙でちゃったよ。それでさ、先生怒らないの?なんてったっけ先生の名前?」
「田中先生。黙ってるよ。あんまりこっち見ないの。でもさ、たまに凄く怒るんだよ。ヒステリーだよね」
「ヒステリーなんて、言葉知ってるのか。へー。さあ、いいかな、焼くぞ」
ー ジューっという音
「おとうさん。塩振ってある?」
「そう、そう、塩、忘れてたよ」
「おとうさんってば」
「こいつはいい肉だからな。おーうまそう。でもフライパン振っちゃいけないんだよな。ちゃんと焼き色つけなくちゃな」
「最後にバターものせるとおいしんだよ」
「お、よく知ってるな。バターね、え〜バター、バターと。こう、切ってね。それでいじめられたりしてない?」
「だいじょうぶだよ。心配しなくても」
「そうか?さあ、できた。できた。そら行くぞー」
ー テーブルにつく父
「じゃ、いただきまーす」
「いただきまーす」
「おいしい?」
「うん、おいしい」
ー 少しの間沈黙
「あのさ、いつか話そうと思ってたんだけどね」
「何?」
「おとうさんさ、おかあさんと別居しようと思って。それから正式に離婚することになると思ってる」
「・・・知ってる。・・・おかあさん仕事が忙しくて毎晩遅くなって、だなんて言ってるけど、知ってるよ」
「そう」
「この前さ、おかあさんから電話があってね。会社からかと思ったけど、テレビの音が聞こえたし、男の人の声が聞こえてね、違うって分かったの」
「そう」
「・・・言っちゃっていいかな?」
「え、何?」
ー 少しの間沈黙
「本当はね、おかあさんがね、つきあってる男の人ね、学校の先生なんだよ」
「えっ」
「大丈夫だよ、おとうさん。私がついてるから」
「ええーっ、小学校教師だったのか」
「それでね。その男の先生ってね、教頭先生なの」
「ええーっ、しかも教頭なのか」
「ほら、落ち着いて。だいじょうぶだったら」
「え、何で?」
「ほら、ヒステリーの先生の話したでしょ。先生ねいつも携帯でメールしてんの。それでさ、この前メールみちゃったの。相手が教頭先生だった」
「ふーん」
「それからね、教頭先生の名前でね。ヒステリーの先生にね、メール出したの」
「えー、お前が?」
「そう。教頭先生のアパートに来て下さいって。そしたらね、担任の女の先生ね、アパートに行ったのよ。あの先生ね、教頭先生のこと好きなの知ってるんだ」
「えっ、あとつけて見てたのか」
「そう。駅で隠れてて、後ついていったの。そしたら、やっぱり、教頭先生のアパートで。あの女ね。しばらくしたら、家の外まで聞こえるすっごい大きな声だしちゃってさ。それから、私ね。チャイム押してね、そうしたら、教頭先生が出て来て。びっくりしてた」
「それでね、私、涙ながしてみせて、おかあさんいますか、って聞いたの。そしたら、教頭さ、しどろもどろになっちゃって」
「それで、おかあさんに会ったのか?」
「そう。それでね。担任のヒステリー女がね、おかあさんとつかみ合いしてたんだけど。私が大声で泣いたもんだから。皆静かになってくれた」
「おかあさんは?」
「びっくりしてたけどね。それで、私、泣きながら教頭にね、おかあさん返してください、って言ったの」
「それで、おかあさん帰ってくるのか?」
「教頭ね、一人で住んでるけど奥さんがいるの。担任の女の先生がね、結婚してくれるって言ってたのに、もう、奥さんにばらしてやるって叫んでたから、ごたごたが始まるんだよ。だから、おかあさんね、帰ってくると思うよ」
「うーん。・・・だけど、なんでお前、教頭のアドレス知ってたんだ?」
「ほら、私って可愛いでしょ。教頭先生がね、前から私のことこっそり見てたの知ってるの。一度メールくれたんだから。それでフリーメール使って、教頭先生の名前とアドレスつけて」
「お前って」
「それからさ、教頭にも言っておいたの。わたしキョウイクイインカイ、って何だか知ってますって。そしたら、教頭先生ったら急に青くなっちゃって、おかあさんにね、この子をよろしく頼むって言うじゃない?それで、おかあさんと相談して、教頭先生からお小遣いもらうことにしちゃった」
「お前って腹黒の小学生!」
「いいじゃない。私、おとうさんも好きだけど、おかあさんにも帰ってきてほしいから」
■ 寿司を握る 〜 食卓の会話の話
ー 大食堂である。かちゃかちゃという食器の音とぼそぼそ話す声が混じり合って、ざわざわとした雰囲気。とあるテーブルについた男二人
「ここの食事さ。ひじきと生揚げが多いじゃないすか」
「だから、健康にいいんだろ。親心よ」
「親ごころねー。安くあげてるだけじゃないすか。昨日は、野菜炒めだったし」
「うるせーな、黙って喰え」
「はいはい。でも寿司くらい喰いたいですよね」
「まあ、そうだな。久しく寿司なんて喰ってないな」
「アメリカじゃ好きなもの喰えるって言うじゃないですか」
「そりゃ、アメリカだからだろ。ここは日本だしな」
「喰いたいですよ、寿司くらい。やっぱ、赤身ですかね。うまいマグロ喰ったの思い出しますよ。いいマグロは香りが違いますよね。いいマグロん時は赤身が旨いですよね。鉄火にしてもいいし。まあ、中トロもいいんですが。ああ、喰いたいな」
「そうだな。本マグロがいいよな。大間のもいいが、境港でもいいのがあがるんだよな」
「よくご存知で。やっぱり本職ですか」
「昔のことよ。もうすっかり忘れちまった。だけどよ、おめえは、もうちょいとの辛抱なんだろ?」
「御陰さんで」
ー しばらく無言で飯をかっこむ二人
「ね、私ね給食委員会に出してもらってるんですよ。皆さんの代表で」
「お、そうかい。模範だもんな」
「ま、そういうことで。それで今思いついたんですがね。寿司出すってのを提案しようと思うんですがね。本当にそうなったら、手伝って頂けます?」
「よせやい。そんな夢みたいな話。ほら、もう時間だぞ」
「そうですかね」
「いただきましたー」
ー ひと月程たった食堂、とあるテーブルについた男二人
「や、どうも。あの話、覚えてます?」
「なんだー?」
「ほら、寿司を出すって話ですよ」
「ああ、そんな夢みたいな話があったな」
「それそれ、給食委員会で私ね、思い切って言ってみたんですよ。そしたら、所長がね。ほら、この前所長代わったじゃないですか」
「所長がどうだろうと関係ないよ」
「いや、それがね、何か変わったことの好きな所長らしくって、鮨の話に乗り気で」
「ふーん」
ー 食堂に屋台が出ている。屋台の後ろで例の男二人
「いや、評判いいですね。もう並んでますよ」
「おー、あいつら目、ぎらぎらさせてるぜ。シャリできたか?」
「準備オッケーですよ、親方!」
「ばか言え。しかし何だな。マグロはいいとして、タクアンとか、これ卵の代わりか?キューリとか、トマトとか、野菜ばっかり多いな」
「いや、あの時ですね。所長は良いって言ったんですが、経理課長がね、ムショに予算がないの一点張りで」
「まあ、いい。始めるぞ」
ー わいわい言いながら皿を突き出す男たち
「ばっきゃろー、マグロの他にないのかよ!」
「うるせー、野菜は体にいいんだぞ。お上の親心よ」
■ 団子を作る 〜 月の乙女
「おじいさん」
「何だ」
「ほら、いい月ですよ」
「そうか。用意できたか」
「みて。ススキでしょ。そしてお団子。お酒もあるわよ。はやく来て」
「どれどれ、ああ、いい月だな」
「ほんとに。いい月よね」
「ベランダでも、こういうふうにしつらえると風情があるよな」
「そうですよ。月子どうしてるかしらね?」
ー 電話の呼び出し音
「ほら、噂をすればだよ。きっと月子からだよ」
「あら、月子ちゃん。元気?おじいちゃん。月子よ」
「こっちに電話セット持っといでよ」
ー おばあさん。テレビ電話をベランダに持ってきて、団子の置いてあるテーブルに置く
「やあ、月子、元気かい」
「・・元気よ。おじいちゃんも元気そうだよね」
「うん。ばあさんも元気だぞ。ほら」
「何よ。ばあさん、だなんて。月子ちゃん見て。今日はね、お団子とススキを用意したのよ。見える?暗いけど」
「・・見えるわ。風流ね、ススキにお団子なんて」
「月子ちゃんが行ってからね。用意するようにしたのよ。そっちじゃお団子なんて食べる?」
「・・お団子ね。作ってみようかな。ダイアナにね。ダイアナって日本食が好きなのよ。ダイアナ知ってるでしょ?一緒にいる子」
「知ってるよ。なあ、ばあさん。有名だもんな」
「そう。でも二人きりで仲良くしてるの?」
「・・いつも一緒だと色々あるじゃない?お互い忙しいし。でもね、やっぱり、相手がいると安心するわ。これから長いんだし」
「そうよね。・・・・」
ー おばあさん、涙を拭う
「なんだい、なんだい。ばあさん。月子の方がしっかりしてるよ」
「・・だいじょうぶよ。おばあちゃん」
「そうだよな。ところで月子。今日はお休みなのか?」
「・・そうよ。おじいちゃん。ちょっと勤務が不規則なんだけど。ちゃんとプライベートの日があるのよ。今日みたいに。で、こんなふうに電話もできるの」
ー キン・コンというアラーム音
「あら、やだ。でもね。完全にお休みというわけじゃないとこが、しょうのないところね。ちょうどいいから、見てて。電話切らずに。仕事もおもしろいのよ」
ー 画面が切り替わって。操作室。壁にディスプレイが並んでいる
「ハイ、ダイアナ」
「おじいちゃん、おばあちゃん見てる。オーイ。こっちがダイアナだよ。前に会ったことあるよね」
「コンチハー」
ー 画面には月子とダイアナが映っている。二人で何か相談しながら、キーボードを操作している
「ね、おじいさん。大丈夫かしらね、月子ちゃん。たった二人きりで」
「そうだな。なんか難しそうだけど」
ー 操作を終わって月子ふたたび電話に出る
「見てた?おじいちゃん。簡単なのよ。ちょっとね。センターからアラームが入って。おじいちゃん、原子炉のこと知ってるよね?スタティック冷却装置モニタの自動診断装置がね、予定スケジュール通り、働いたかどうかのチェックなんだけど。この前、プログラム入れ替えしたもんだから、ちょっとマッチングがずれちゃったみたいで。そんでね、ついでに、深宇宙観測用のね、VLBのモニタプログラムもチェックしたのよ」
「おじいさん、わかる?なんか月子、難しいこと言ってるわね」
「大体のところはね。おーい、月子。あんまり無理すんじゃないよ」
「・・おじいちゃん、まあ、仕事だからね。休みにもたまに、こんな風に仕事が入んのよ。おばあちゃん。さっきのお団子ね、おいしそうだったわ。もう一度映して。こっちでも作ってみるわ」
ー 電話が終わって、ベランダで月をながめる老夫婦
「あんなふうに元気そうにしてたけど。もう、帰って来ないのよね?」
「仕方ないさ。でも元気にやってるようだし」
「あんな急性免疫不全だなんてならなきゃね、・・・・良かったのに」
「・・・月子には、今の方がいいのさ。こっちじゃ、どの道、免疫不全で、長生きできないのは分かってんだから」
「だからって。月に行っちゃうなんて」
「月の基地に人間送っても、戻すのは予算がかかり過ぎるってんで、月子みたいな人間を選んだんだよ。月じゃ無菌状態が簡単にできるし。月子も承知の上なんだから」
「・・・でも」
「こうして、毎週プライベートに電話できるんだし。ダイアナさんともうまくいってるようなんだから。それに、この前の宇宙開発局の発表では、二人とも健康で。冗談だと思うけど、90歳以上の寿命が予想されるとか、言ってたよ」
「きれいな月よね。あそこに住んでるのよね。月子」
「そうだよ。死ぬまでな」
ー 老夫婦、月を見上げる。晴れた夜空に大きな冴え冴えとした月がかかっている
■ スパゲッティを作る 〜 イタリアンレストランの男と女
ー イタリアンレストラン。少し照明を落とした店の中、赤いビニールのテーブルクロスのかかった丸テーブルに男と女が向かい合って座っている
「おまちどうさま。カルボナーラです」
「おお、来た来た。本当に食べなくていいのかい?」
「なんか胸が一杯で」
「そうかい、じゃ僕だけ食べちゃうよ。これ結構、量があるよな」
「そうよね。以前に行った店くらいあるわよね」
「うん、おいしいよ、これ。チーズがいいのかな?ちょっと食べてみる?」
「そうね、ちょっと頂こうかしら」
「すいませーん。小皿いただけます?」
「今日は、会えないかと思ったよ。早く帰ろうと思ったら、課長が残業たのむって、言い出すし。悪かったね、待たせて」
「平気よ」
「電車も故障しちゃうしさ。ドアが閉じなくなりました、なんて、途中の駅でアナウンスがあってさ。あわてて、別の地下鉄線に乗り換えて」
「あら、大変だったわね」
「靴ひもも切れちゃったんだよ」
「そこまでいくとひどいわよね。でも私、あなたをゆっくり待ってたのよ」
ー 女、スパゲティを口に運ぶ
「本当ね、おいしいわ」
「ね。だけど、今日はよく出てこれたよね。先週からメールが通じなかったから、心配してたよ」
「あら、ごめんね。私の携帯、ちょっと調子悪いみたいなのよ。換えようかしら」
「そうだよ。メールがまたつながんなくなって、こっちは。もしかしたら無視されちゃったのかと思ったりさ」
「そんなことあるわけない」
「昨日のメールでさ、病院に行くって言ってだろ。なんか、詳しく聞くのも悪くってさ。どうだった」
「まだ、ちょっとね、検査中なのよ。でも大丈夫よ」
「そう?」
「今度はゆっくり時間をとって、ちゃんとしたイタリアンに行こうよ」
「あら、ちゃんとした、だなんて、店の人に聞こえるわよ」
「大丈夫さ。でも、この店、知ってたの?」
「ランチでよく来るのよ。割とおいしいから」
「そう」
ー 窓の外は暗い。雨模様
「なんか、雨が降るみたいだね」
「そうね、天気予報で言ってた」
「最初に会った時のことを思い出すよね」
「どうだった?」
「あの時も雨でさ、雨はいやだって言ってたよね。髪のウェーブがとれてしまうって」
「そうだったかしら」
「あれ」
「どうしたの」
「いや、なんか目に入ったかな?涙が出てきた」
「眼が痛いの?」
「いや、痛くないよ」
ー 男の涙がナプキンにぽたりと落ちる
「なんか、涙が止まんないな」
「うれしいわ」
「え、どうして?」
「・・・・」
ー 男、ナプキンで涙を拭って
「どうしたんだろ。まあいいよね。コーヒー飲もうか?」
「ええ、コーヒー飲みましょ」
「すいません。コーヒー二つ」
ー レジの前の男と女、それを見ているウェイトレス二人
「ね、あの女の人、きれいな人ね。確か前に見た事あるわ」
「知ってる。きれいな人よね。透き通るみたいで」
「・・・・ひ!」
ー 男と女、店を出て行く。ウェイトレス二人、客を眼で見送りながら、互いの腕をぎゅっとつかむ
「ね、本当に少し透き通っていない?」
「きゃ!そうよね。透き通ってるわよね!ね!」
「思い、思い出したわ、先週よ。あの女の人といつも来ていた同僚の人が話してたの。ひそひそ話してたんで、思わず聞いちゃったんだけど。なんとかさんが重体だって、話してたのよ。ね!きっと今の女の人よ!」
「きゃ!本当?いやー!」
ー 店を出た男。一人である
「わりと、いい店だったな。カルボナーラ美味しかったし。じゃ帰るか」
ー 腕時計をみる男
「あれ、時計すすんじゃったのか?もうこんな時間だ。残業に時間かかっちゃったもんな。なんか、変に課長がつっかかってくるし。お前このごろちょっと変だぞって。全然変じゃないよな。でも、何か忘れてるような気はするよな。先週、何かあったっけか?」
ー 街角の壁に貼ってある映画のポスターを見る男
「この映画いいよな。また見たいな。・・・・俺って、この映画、見たっけ?誰かと見た気がするんだけど。そんなことないよな。忙しくって、ここんとこ映画なんて見たことないし。この一ヶ月忙しかったよな。残業続きだよな。あ、そうだ明日はあの仕事片付けなくちゃな」
ー 男、首をめぐらせて
「シャンプーの香りがする。ああいい匂いだ。どこかでかいだ気がする。どこだ?。何だ?何か忘れているような気がする」
「あ、靴ひもが切れてる。・・・・なんか、おかしいな、涙が出てきた」
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