■ モルトウィスキーを全て飲む ー 早い時間のバー
ー まだ早い時間の地下のバー。誰も客はいない。カウンターの中にバーテンダーが一人
「いらっしゃいませ。ええ、もうやっておりますよ。どうぞー。コートお預かりしましょうか?」
ー バーテンダー、客を出迎えてコートを預かる。クローゼットにコートを掛ける
「えー、この時間ですから、カウンターのどこにでもお座りになって」
ー 女、カウンターの奥から二番目に座る。バーテンダーおしぼりと灰皿を出して
「はい、いらっしゃいませ。何にいたしましょうか?ジン・トニックですね?はい、承りました」
ー バーテンダー、ジン・トニックを慎重に作り、バースプーンに掬って手の甲にたらし、味を確かめる
「お待たせしました。ジン・トニックです。・・・それはどうも、ありがとうございます」
ー バーテンダーつまみを作る。薄くスライスしたライ麦パン二切れに、鴨レバーのパテを厚く塗る。小皿に載せて客にだす。
「どうぞ。灰皿はお使いになられますか?はい、わかりました。・・・そうですか?ありがとうございます。そうですね、パンをちょっとあぶるくらいですか、工夫と言っても。それはどうも、ありがとうございます。・・・外の天気はどうですか?少し寒くなりましたか。そういえば、今朝の天気予報でもこれから週末に寒くなるって言ってましたね。・・・」
ー 電話が鳴る
「はい、・・でございます。はい、Yさんですか?いえ、まだお見えになってませんね、はい、どうぞ。お待ちしております」
ー バーテンダー、グラスを洗い始める。しばらくして、女を見て近づく
「もう一杯いかがですか。はい。そうですね。ウィスキーなら、なんでも、という訳にはいきませんが、この棚全部そうですから、大体の所はありますが。アイラですか?そうですね。このごろは、女性の方でも飲む方がいらっしゃいますよ。ちょっとヨードの香りがして、ま、好きずきなんですが。そういう点では、ハイランドモルトには、飲みやすくて美味しいのがたくさんありますね」
ー バーテンダー、棚からウィスキーをあれこれ選んで、三本、女の前に並べる
「これが、グレンモーレンジで、こっちがクライヌリッシュ、これがエドラダワーで、どっちかと言うと華やかな感じのハイランド・モルトですね。・・・私ですか?そうですね。どれも美味しいんですが、このエドラダワーなんかは、なんていうか優しい感じがしますね。のびがよくって。小さい蒸留所なんですよ。スコットランドでは、一番小さいのかな。はい、わかりました。エドラダワーで。どんな風にお飲みになりますか?水割りとかロックとか。はい、水割りで。わかりました」
ー バーテンダー、冷蔵庫から水を出し、グラスに氷を入れ、水を注してステア。ウィスキーを加えて。ステアした味を確かめた後で、女に出す。
「はい、どうぞ。・・・どうですか?・・はい、ありがとうございます。そうですね。私もそう思いますよ。・・・僕がここのバーに入ってからですか?そうですね、五年ちょっとですかね。もちろん、まだまだ、駆け出しですよ。バーテンには凄い人がいっぱいいますからね」
「・・・Gさんですか?ええ、存じ上げております。そうですね。たまにいらっしゃいますね。間が空くと半年に一度くらいですか。・・よく覚えてるってですか。そうですね。こういう商売やっておりますと、割とお客様の顔を覚えるんですよ。何でですかね。・・Gさんは、そうですね。いつも、今お客さんの座っている席にお座りになりましたよ。飲むのも決まっていて、最初がジン・トニックで、それからウィスキーでしたね。・・失礼ですが、お客様、Gさんのお知り合いの方ですか?・・ああ、そうですか」
「・・・もう一杯、お飲みになりますか?・・分かりました」
「・・Gさん、このごろお見えにならないんですが、お元気ですか?・・・え、そうだったんですか。・・ご愁傷さまです。もう半年になりますか。お見えにならないなと、この前、ふと思い出したんですよ。・・ああ、そうでしたか」
「・・・そうですね。いつもウィスキー二杯くらいで、すぐに切り上げられてお帰りでしたよ」
「・・・はは、そうですね。無口な方でしたが、飲まれると陽気になられて、こっちもいろいろお話させて頂きましたよ。・・ええ、ウィスキーの話だとか、どんな飲み方がいいかとか。・・ええ、こっちも一応バーテンですので、その手の話は勉強してますよ」
「・・・お会計ですか?分かりました」
ー バーテンダー、会計を計算してから、ホルダーに挟んだ請求書を女の前に置く
「・・寂しくなりましたね。・・・いいえ、どういたしまして。有り難うございました」
ー バーテンダー、女にコートを着せかけ、ドアまで送る
「・・そうですね、Gさんいつもお一人でしたね。・・いーえ、そんなことありませんよ」
「ありがとうございました。お気をつけて」
「・・・そうか、Gさん亡くなったのか。Gさんが別の女性と来てたことは、言わなかったけど。Gさんの彼女、今の方に似てたよな。ふふ、そういうもんかも」
■ 日本酒を百種類試す ー おでん自販機
「や、にいさん、お元気っすか?」
「こちらね、ここの飲み屋でよくお会いする方なんだよ。他の口の悪い連中はジジー、なんて言ってるんだけどね。こっちもいい齢なんで、にいさん、て呼んでるんだ」
「この前、倒れたって聞きましたけど、大丈夫すか?え、救急車が来たって?そうなんですか、でもおとついのきのうで、今日も飲んじゃってますけど、いいんですか?え、飲みたいからいいんだってんですか。そうですね、そこまで言うなら飲んじゃっていいと思いますよ、私も」
「いや、こちらのにいさんね。つい先日倒れられたんだよ。こっちも話は聞いてたんだけど」
「で、おにいさん、一体どうしたんですか、あ、糖尿ですか、それで飴、口に入れるの間に合わずに気が遠くなったと。なるほどね、でもすぐ気がついてよかったスね」
「こっちも気が遠くなること、あるよな。特に面倒な仕事をしてる時だね。パソコン見てる時なんかだね。そんなことない?ないか」
「こっちに来いって?じゃここにお邪魔してと、こっちね、この店の話したら一度来たい、っていうもんだから、連れてきたんですよ。汚ねー店だからよしたら、って言ってたんですけどね。や、店のオヤジに聞こえたかな。おい、オヤジ気にすんなよ。さ、どっこいっしょっと。ここ座れよ」
「おやじー、取りあえず生ね。何にする?ビール?ジントニック?大体、何でもあるよ、この店。じゃ生ね」
「にいさん、このまえの馬券取りました?負けた?こっちは買わないけど、テレビで見ましたよ。勝てば二万だったんですか。ま、勝てばね。惜しかったですね。じゃ、どうもー、乾杯。・・・・んぐっ・・・・、いやビールはいつ飲んでも旨いスね。にいさん、何飲んでるんですか。焼酎お湯割りね。いつものやつですね。このところ、寒くなってきたんで、そろそろ酒もいいですかね。ところでね、自動販売機でおでん売ってるの知ってます?そうそう、秋葉で売ってるやつ、あれがね、こっちの仕事行く途中で見つけたんですよ。場所ですか?麹町。麹町ってどこだって?ほら、日テレのあるところですよ。そうそう、あすこ」
「おでんが売ってるのうそだって?これがほんとなんだよ。有名なんだぞ、秋葉原じゃ。夏でも売ってんだから。ほんとだって。じゃ見てみなよ、これが証拠」
「な、おでん、売ってるだろ。つまみも売ってるんだぞ。どうもね、この自販機置いてる会社が、そのたぐいの卸をやってる会社らしいんだよ。こっちも毎日通ってる道なんだけど、気がつかなかったよ、でね、見せてやろうと撮ってきたんだよ。へー、だって?」
「にいさん、これ喰ったことあります?なんか玉子なんかも入ってるらしいじゃないですか。そうですか、ま、缶詰ですからね。そんな旨いもんじゃありませんよね。でもカップ酒とぴったりですよね。そうですか?じゃ今度買ってきますよ。試しに」
「ところでさ、この自販機なんだけど、シガレットチョコも売ってんだぜ。え、知らない。ほら、タバコの格好したチョコで子供のお菓子だよ。子供がタバコ吸う、まねするやつだよ」
「にいさん知ってますよね?」
「ほら、知ってる人は知ってるだろ。あたりまえだって?まあね。でもそれも撮ってきたんだ、ほら」
「これがさ、シガレットチョコよ。ココアシガレットって名前になってるな。以前はさ、このシガレットチョコしかなかったのに、ほら、こっち側、ブルーベリータイプもあるんだってさ」
「ね、おにいさん、懐かしいですよね?いくらでしたっけ。そうそう、そんなぐらい。昔はピースにそっくりなのも、ありましたよね。そう、青い箱の両切りのピース。ピースのデザイン、あれってローウィって名前のアメリカ人のデザイナーなんですってね。私、この前調べてみたんですよ。そうですか、にいさん缶ピー吸ってた。あれまだ売ってるんですかね?あれね、缶ピー吸ってるってのは、格好いいんですよね。机の上に置いてあるってのもいいし。缶がピースとおんなじ深い青で。いやー(遠い目)」
「ふーん、だって?お前聞いてなかったろ。」
■ 恵比寿のベトナムレストランへ ー フライト・アテンダントの配膳
ー フライト・アテンダント(FA)田中玲子の場合
「お客様、お客様♥ お食事は何になさいますか?」
「メインは、ビーフとチキンがございますが。ビーフとですね♥ チキンがございますが?」
「はい、チキンでございますね。サラダドレッシングは、♥ フレンチとサウザンドアイランドがございますが?」
「サウザンドアイランドですか?マヨネーズをベースにしたドレッシングでございます♥ 。フレンチでございますね♥ 。はい、わかりました」
「お客様、お食事は何になさいますか?」
「はい、チキンでございますね、サラダはフレンチドレッシングで、はい♥ 」
ー FA、ギャレーに戻る
「ビーフが×個でチキンが×個です」
「え、チキン全然足らないわよ。ビーフに換えられないか聞いてきて」
「はい、聞いてきます♥ 」
ー FA、まだ配膳していない客のところへ
「もしもし、お客様♥ 。実は大変、申し訳ないのですが、チキンの数が足らなくなってしまいまして、ビーフに換えて頂くことをお願いできないでしょうか?♥ 」
「そうですか、ありがとうございます♥ 」
「もしもし、お客様♥ 。実は大変、申し訳ないのですが、チキンの数が足らなくなってしまいまして、ビーフに換えて頂くことをお願いできないでしょうか?♥ 」
「え、そうでございますか♥ 。ビーフはお召し上がりにならない♥ 。あまり食欲がおありにならない♥ 。わかりました♥ 」
ー FA、ギャレーに戻る
「やっぱり、チキンが足りません。どうします」
「今日のクルー・ミールもチキンのがあったわよね。あれ出しなさい」
「はい、そうします♥ 」
ー FA、ビーフへの変更を断られた客にクール・ミールを届ける
「お待たせいたしました。チキンでございます♥ 」
「・・お客様の、ディナーの内容でございますか♥ 。ええ、チキンの数が足りなくなりまして、特別にご用意させて頂きました♥ 。ええ、それで、少し調理法が違っております。お気に召していただけたでしょうか♥ 。・・ええ、どうぞごゆっくり♥ 」
ー FA、ビーフへの変更を断られた客から、また呼ばれる
「何か御用でしょうか?♥ ・・・え、チーズが食べられない?♥ ・・・別のメインでございますか?♥ ・・・ちょっと聞いてまいります♥ 」
ー フライト・アテンダント(FA)加藤美奈子の場合
「お客様、お客様♥ お食事は何になさいますか?」
「メインは、ビーフとチキンがございますが。ビーフとですね♥ チキンがございますが?」
「はい、チキンでございますね。サラダドレッシングは、♥ フレンチとサウザンドアイランドがございますが?」
「サウザンドアイランドですか?マヨネーズをベースにしたドレッシングでございます♥ 。フレンチでございますね♥ 。はい」
「お客様、お食事は何になさいますか?」
「はい、チキンでございますね、サラダはフレンチドレッシングで、わかりました♥ 」
ー FA、ギャレーに戻る
「ビーフが×個でチキンが×個です」
「え、チキン全然足らないわよ。ビーフに換えられないか聞いてきて」
「はい、聞いてまいります♥ 」
ー FA、まだ配膳していない客のところへ
「もしもし、お客様♥ 。実は大変、申し訳ないのですが、チキンの数が足らなくなってしまいまして、ビーフに換えて頂くことをお願いできないでしょうか?♥ 」
「そうですか、ありがとうございます♥ 」
「もしもし、お客様♥ 。実は大変、申し訳ないのですが、チキンの数が足らなくなってしまいまして、ビーフに換えて頂くことをお願いできないでしょうか?♥ 」
「え、そうでございますか♥ 。ビーフはお召し上がりにならない♥ 。あまり食欲がおありにならない♥ 。わかりました♥ 」
ー FA、ギャレーに戻る
「やっぱり、チキンが足りません。どうします」
「今日のクルー・ミールもチキンのがあったわよね。あれ出しなさい」
「はい♥ 」
ー FA、ビーフへの変更を断られた客にクール・ミールを届ける
「お待たせいたしました。チキンでございます♥ 」
「・・お客様の、ディナーの内容でございますか♥ 。ええ、チキンの数が足りなくなりまして、特別にご用意させて頂きました♥ 。ええ、それで、少し調理法が違っております。お気に召していただけたでしょうか。・・ええ、どうぞごゆっくり」
ー FA、ビーフへの変更を断られた客から、また呼ばれる
「何か御用でしょうか?♥ ・・・え、チーズが食べられない?♥ ・・・別のメインでございますか?♥ ・・・ちょっと聞いてまいります♥ 」
ー 訓練室のビデオが終了
「さて、あなたたち、今のビデオの、田中さんと加藤さんの接客態度、どう思います?」
「私だったら、加藤さんのようにします」
ー このカマトトー、の声あり
「そうですね、いつもにこやか、が基本ですよ」
ー センパーイ、この前、顔引きつってましたー、の声あり
*クルー・ミール:客室乗務員やパイロットのために準備されている食事
■ 長崎丸山の花月へ行く ー 占い師とOL
「あのー、ちょっと見てもらいたいの」
「はい、どうぞ。そこにお座りになって?」
「今日は寒いわね。どっこらしょっと。はい手を出してみて。・・・まず右手ね」
「あのー」
「はいはい、あなた手が冷たいわね」
「あのー、分かるんでしょうか?」
「それはね、あなたの相談の内容によるわね。どんな相談事?」
「今の仕事なんですけど。続けていても大丈夫かなって、聞きたいんです」
「仕事ね。・・・この運命線と頭脳線を見る限りね、・・・割とあなたに合ってるようなんだけどね」
「そうですか?」
「あなた生年月日は?」
「・・・日です」
「五黄土星ね。それで、仕事でどんな問題があるの?」
「役所のお仕事で、普通のOLなんですが、月曜なんか仕事があると思うと、何か朝から疲れた感じがして。夕方も首と肩が凝って、気持ちがくさっちゃって」
「毎日、帰るのは遅いの?」
「部屋、私のいる部署は、そうですね、なんかだらだら仕事しちゃって、九時過ぎくらいかな、帰れるの」
「だって朝は八時半か九時なんでしょ。毎日じゃ結構たいへんかもね」
「えー、前はちゃんとご飯作っていたんですー。でもこのごろは、コンビニやお弁当やで買ったりして・・」
「左手も見せて?」
ー 占い師、客の左手をとって
「ご両親はお元気みたいね。兄弟が二人、いや三人かな?」
「兄と弟がいます。二人だけなんですよ。・・・そういえば、おばさんが、生まれてすぐに亡くなった子がいたなんて、昔言ったことがあって、おかあさんに聞いたら、そんなことないわよ、なんて言われた覚えがあるわ」
「もともと真面目に仕事する質なんだと、思うんだけどね。もう一度右手、見せて」
「はい」
「ここにね、ほらここ、副線があるでしょ。あなた、何かアルバイトとかしてる?」
「え、わかります?アルバイトじゃないんですけど、実は劇団に入ってるんです」
「なるほどね、あなたどちらかというと、芸術方面が向いてるのよね。劇団というと女優さん?」
「いえ、私、人前はあまり得意じゃなくって、・・・照明やってるんです」
「あら、照明係。そうね照明係ね、大事なお仕事よね」
「ええ、そうなんです。舞台が決まるかどうか、って照明のあて方で、随分違ってくるんです」
「照明係が好きなのね、あなた」
「ええ、でも、とってもそれで食べていく訳にはいかないし。今のお仕事、お役所なので、お給料高い訳じゃないんですけど、安定してるし・・」
「そりゃ、そうよね。じゃ、お仕事止めるわけには行かないわね?」
「でも、毎朝、なにか辛くって。低血圧のせいかも知れないし」
「低血圧なら、ほら、肉類とかもっと食べたらいいんじゃない?」
「私、お肉はあまり好きじゃないんです」
「あら、そう。本当はね、人間、好きなことができれば、一番いいんだけど、そうもいかないのよね。でも、あなた位に若ければ、色んな道が開けてくるものよ。・・・右手を見せて」
「ここにね、愛情運が出てるんだけど。あなたね、その劇団に誰か好きな人、いるんじゃないの?」
ー 客、うなづく
「そうね。でも、食うや食わずなのね。あなたが食べさせてあげる、というのはね、ちょっと、あなたの性格じゃ向かないかもね。ここにも線があるから、あなたの職場にも好いてくれる人が誰か、いるみたいよ」
「ええ、あまり思いつかないけれど、何となくそうかな、って思う人はいます」
「けど、あれなのね」
「会議なんかで話をしてるのを聞いてると、劇団の仕事を続けさせてくれる人じゃなさそうだし」
「そうねー。じゃどんな風になればいいと思ってるの?」
「結婚して、主婦しながら劇団も続けたいなー、なんて。自分でもむしが良すぎると思うんですが」
「私もそう思うわね。しかもその劇団に好きな人がいるんじゃね」
「ええ」
「・・・左手、見せて。・・・あなたね、どこの生まれ?」
「私、長崎です。長崎の円山町」
「あら、円山町ね。あなたのおばさんか、その関係に誰か芸事に関係した人がいるんじゃない?」
「ええ、私のおばあちゃんが、昔、愛吉ねえさんと知り合いだった、なんて、言ってたのを聞いたこと、あります。私、愛吉ねえさんなんて、全然知らなかったんです。前に、映画があったでしょ。それ見て、私、びっくりしちゃって」
「成る程ねー。私も長崎は今度、遊びに行きたいわねー。花月でご飯食べて。いいわよね。・・・ほほ、そうだったわね、あなたの話ねー」
「どうしたら好いでしょうか」
「難しいところだわね。本当はどっちでも、あなた次第なのよ。でもね、あなたね、安定な暮らしをしたい、っていう気持ちが強いでしょ。だから、今まで通りでいいんじゃないかしら」
「劇団の彼、どうしたらいいですか。私、どうしたらいいか分からなくって」
「そうね。今年の五月くらいね、あなたのお役所の仕事の方で何かあるかもね」
「わかりました」
ー 客、料金を払って立ち上がる
「はい、どうもね。ありがとう」
ー 占い師、つぶやく
「どうなるかしらね、たぶん劇団に行っちゃうかもね。貧乏することになるけどね。私に似てるかも」
■ 福田屋でランチ ー 金目の開きと熱燗
「この小料理屋、美味しいんだぞ」
「へー、よく知ってるな。じゃ入ってみるか」
ー 引き戸を開ける客。小体なつくりだが、明るく清潔な店内。カウンターの白木が光っている。奥にテーブル席が一つ。カウンターの中に若い板前。おかみさんが出迎える
「いらっしゃいませ」
「らっしゃい!どうぞ」
「カウンターでいいか?」
「いいよ」
ー おしぼりを出しつつ板前
「お飲み物、何しましょ?」
「寒かったけど、まずは生だね」
「こっちも」
「生ビールふたっつ!」
「はーい」
ー おかみさん、ジョッキを運んでくる。板前、突き出しを置く。突き出しは大根の煮浸しにあんきもが載っている
「じゃ、どーも」
「どーもー」
ー 客二人、ぐっとビールを飲んで、プハーッと、一息ついてから
「板さん、この大根うまいね」
「ありがとうございます」
「あんきもも、旨いねこりゃ。缶詰じゃないよ」
「ええ、どうもありがとうございます」
ー 客二人、あっという間にジョッキを空にして
「次、どうしようかな、板さん、お酒は?」
「そうですね。軽いところでしたら、伝心、獺祭、ちょっと芯のある、五凛、あと、至誠一貫なんかはすっきり感がありますね、お燗でしたら大七がいいと思いますが。いかがしましょ」
「うーん、迷うね。どうする?」
「お燗にするか」
「んじゃ大七、熱燗で。あとね、魚は何がいいかな?」
「大七、熱燗一丁!そうですねー、お燗でしたら、金目の開きなんか、どうでしょうか。今日のは脂がのってますよ」
「じゃ、金目ひとつ」
「あと、さといものあんかけ」
「はいー」
ー さといもと焼いた金目が出てくる。客ふたり、肴をつつきながら
「いや、旨いね、金目」
「さといもも、いいね」
「どうも、ありがとうございます」
「この店、どうやって見つけたの?」
「F屋の板長やってた人に聞いたのさ」
「F屋って、紀尾井のか。なんで板長なんて知ってんのよ」
「いやー、よくF屋に通ってて」
「ええー、なんでF屋に行けるのよ。普通、行けないよ」
「へへ、通った、というのは嘘で」
「そりゃそうだろ、普通のサラリーマンが行ける筈、ないからな」
「でさ、俺、今、地元の町内会の役員やってるんだけどさ、知り合いになった爺さんがいて、話聞くとさ、昔、F屋で板長やってたって言うじゃ。それで、話が弾んでるうちに、この店の名前が出てきたのよ」
「あの、お客さん、失礼ですが、今のお話、板長だった高橋さんのお話ですか?」
「そうそう、その高橋さん」
「ああ、高橋さんですか。お元気ですか、高橋さん」
「おー、元気だよ、たまに一緒に酒飲んだりしてるな」
「そうですか。お元気なんですか。・・おーい、ヨシエ!」
「なんです?」
「こちらね、高橋さんのお知り合いなんだそうだよ」
「あら、そうなんですか。高橋さんお元気ですか?」
「そう、その高橋さんにね、紹介されて来たわけよ」
「まあ、ありがとう、ございますー」
「いや、おいしいね、この店。板さんの腕がいいんだなー」
「本当、旨いよ。酒もいいし。・・酒ないね。おい、どうする?別の酒も飲んでみたいな」
「そうだな。何にするか?」
「じゃね、至誠一貫、常温で」
「こっちも」
「はーい」
「・・いえね、ま、高橋さんのご紹介だからって、おっしゃるので、正直に言いますが、実は」
「え、なんかあるの?もっと旨い酒とか」
「はは、そうじゃなくって、実は私、あんまり腕の立つ方じゃなかったんですよ、昔の店でも。随分、板長には怒られてまして」
「そうか?美味しいと思うがね」
「それで、もう辞めようかと思って、板長に相談したんですよ。いまのツレと一緒になる前で」
「おかみさんも、F屋の仲居だったのか。きれいなおかみさんで」
「へへ、それが、その頃は太って愛嬌はあるんだけど、おっちょこちょいなもんだから、店では、あんまり」
「それで、一緒になって?」
「ええ、板長に言われて、割れ鍋にとじ蓋で、丁度いい、なんて言われまして。二人ならなんとかなるだろうってね」
「ほーお」
「最初は、ぱっとしなかったんですが。そのうちねツレが口出して来て、最初は喧嘩したりしてたんですが、ひょんなことで、ツレがF屋の味を舌でよーく、覚えてまして。今じゃ最後の仕上げは、ツレにみてもらってるんですよ」
「へー、そりゃ面白いというか、巡り合わせだね」
「えー、それから、お客さんに喜ばれるようになって。そしたら、ツレもなんとなく、おっちょこちょいがなくなってきて」
「ははー、そんなもんかねー」
「だけどさ、今の話、のろけてんじゃないのー」
「いやー、お恥ずかしい。でも、お客さん。今度、高橋さんにお会いしたら、是非一度、この店に来ていただきたいと言ってた、って。お伝え願えませんか?」
「お、いいとも。言っとくよ。まだ、高橋さん、この店に来たことないのか」
「割れ鍋にとじ蓋で丁度いい、なんておっしゃった事、気にされてるんじゃないかと、思うんですよ」
「なるほどね、そこらへんも言っとくよ」
「ありがとうございます」
ー おかみがコップに入れた酒を持って来る
「お、来た来た」
「旨いね、この酒。じゃ次、何するかなー。板さん、いやおかみさん、今日は何がいいんだ?」
■ 新橋新喜楽へ行く ー 出会い
ー 近所の飲み屋にて
「川津さん、ほーい、もう一杯。・・あれ、もうないか。・・もう一本いく?」
「もう一本、いきましょー」
「川津さんさ、忙しい?」
「忙しいに決まってるでしょ。有馬さんがなかなか原稿上げないから。決まってるでひょ」
「まあまあ、いいじゃないの、こういう風にね、飲むのもね、大事ですよ」
「有馬さんね、ね、いつもじゃないですか。怒られるのはね、こっちなんすからね」
「まあまあ、・・ほら来たよ、どうぞ、どうぞー」
「はーい、いただきます。おっとっと。そういえばね、有馬さんの奥さん、おきれいでふよね」
「やんないからね」
「いやー、でも僕も、やっぱ、あれですよ。若い方がいいから」
「なんだ、このやろ。まあ、飲め」
「ところで、有馬さん。どこで、奥さんとね、え、お知り合いになったんですう?」
「ああ、あれね、へへ、昔さ。大分昔の話だね。こっちもさ、若かったわけよ」
「そいで」
「いつだったっけかな。こっちの先輩がいてね。戦中派よ。だから、こっちより大分、年上の人だったな。その先輩がね、何で一緒に飲んだのかもう覚えてないんだけど。何かの拍子にね、料亭、連れてってやる、っていう訳よ。赤坂の料亭でさ」
「へー、赤坂」
「そうよ。もうなくなった料亭なんだけど。冬だったよな、確か。そいでさ、料亭行ったわけよ。こっちも若僧で、料亭なんて行ったこともないからさ、もう興味津々で、付いてったね。料亭のお座敷に芸者衆が来る、ってことぐらいは、知ってたんだけどー、へへ」
「それで、どうしたんですよー」
「それでね、その先輩に連れられて上がったわけよ」
「そりゃ聞きましたって」
「ま、ま、その先輩がね、その頃さ、携帯なんてないじゃない。その料亭にいきなり行ったわけよ。そしたら、女将さんが出て来て、あらま、いらっしゃい、なんて言ってさ、結構馴染みみたいなのよ。こっちもさ、へー先輩凄いんだー、なんて尊敬したりして、はは」
「で、芸者衆は出てきたんですー?」
「それで、女将の言うにはだな、今、お座敷は一杯だっつうのよ。ま、今、考えれば当たり前だよな。いきなり料亭に行って、部屋用意しろっつうのは無理だよ。でもさ、そこは、料亭の女将で如才ないわけよ。四畳半しかないんですが、よろしいですか、なんてその先輩に言うわけよ」
「はあー、そんなもんなんですかー」
「そんなもんよ。その頃、こっちもその先輩と同じ会社勤めだったからさ、その会社も中小で、そんなに交際費があるわけなくて、その料亭にだって、そんな顔が利くわけないのよ」
「はー中小ね、有馬さん、今も中小みたいなもんですねー」
「うるさい、ちゅうの」
「で、四畳半通されたらね、これが炬燵が置いてあるのよ。炬燵。つまりだな。芸者衆やその料亭の仲居なんかがさ、時間待ちするような場所なのよ」
「なんか、下宿みたいすねー」
「それが違うのよ。やっぱりちゃんとした料亭だからさ。その炬燵にさ、脂粉さね」
「何すかー?シフンて」
「おしろいのことだって。芸者は顔を白塗りするじゃないか。そのおしろい。それがね、炬燵の布団のへりに、薄くついていてよ。な、おい、へへ」
「有馬さん、ちょっと気持ち悪いですよー」
「うるせ。それで、顔を近づけるとその脂粉の匂いがするのさ。部屋自体にも香の匂いがちょっと残っててな。こっちが炬燵に潜り込んで顔近づけてるとこにな、仲居がさ、それがいい女なの。銚子をお盆に載っけて入ってきたのよ。ま、それは知らんぷりして。で、炬燵の中で、その先輩と差し向かいで飲み始めたわけよ」
「はあー、なんかよさげですよねー」
「ただ、その先輩がさ、もうそん時は酔っぱらってて。こっちもだけどさ、怒り上戸なのよ。俺はな、自腹切ってこういう店来てるんだからな、会社の交際費使って来てるような輩とは違うんだとか、ま、いろいろ説教するわけ。でも、こっちはさ、さっき来た仲居の、仲居がさ、いい匂いするの、そばにくると。それに炬燵にも残ってるだろ。芸者衆の。それでさ、へへ」
「何ですか。ちゃんと教えて下さいよー」
「そう、それでね、いい匂いがあるとね、酒がすすむのよ。なんか突き出しみたいのが出たような気もするけど、その脂粉の匂いだけでさ、どんどん飲んじゃうのよ。こっちは。お姐ーさーん、て頼むと、さっきのいい女の仲居が、また銚子運んでくるのよ。こっちは、色々話しかけたいんだけどさ、先輩が、その怒り上戸の先輩な。こっちの話聞け、なんて怒るもんだから。先輩の奢りだから、一応話しは合わせなきゃいけないし、いい匂いはするし、酒は飲むし、仲居に話かけたいし、でな、こっちもいいかげんに酔っぱらって」
「それで、結局どうしたんですー?」
「それでさ、へへ、便所どこですか、なんて、廊下でその仲居に聞いてだな。へへ、手、握った」
「ははー、そこから、付き合いが始まって、今の奥さんにー」
「いや、違うんだけどな・・。こっちが帰りの駅でゲロ吐いてるときに、通りかかってな、介抱してくれた会社の女」
「なんすか、それー、一生懸命聞いて損したー。でも、有馬さん、そういうところに連れてってくださいよー」
「あー、そのうちな。原稿料上がったら」
「なんすかー、それ」
■ 玉ひでにて親子丼を食す ー 親子丼のお手伝い
「ママー、ケイコもお手伝いするー」
「あら、えらいわね、じゃあ頼んじゃおうかなー」
「うん」
「じゃね、冷蔵庫からね、長ネギ出してくれるかなー。一番下よ」
「はーい」
「うんしょ、っと。ママね、ちょっと冷蔵庫がね、重たいの」
「そうよね。ガンバレー」
「よーいしょ。ママ、開いたよ」
「じゃ、そこに長ネギあるでしょ。一本とってくれるかな」
「長ネギあったよ。一本、一本。はーい、ママ」
「あら、有り難うね」
「でね、ママ、ネギの青いの好き?」
「青いとこね、ママもあんまり好きじゃないなー、実は」
「じゃ、ケイコのイデンだね」
「あら、イデンだなんて。保育園で習ったの?」
「それでさ、イデンだから、青いとこはママ、食べてね。ケイコは白いとこ食べるから」
「ははー、ネギの青いところが嫌いなんだなー」
「ママが食べたら一緒に食べる」
「嫌いって言わせておいて、なかなか策士だなー、ケイコは」
ー 女、小さな小鉢と丼を用意して、親子丼を作る。
「ケイコ、ご飯よ」
「はーい」
ー 娘、小さな椅子によいしょっと言って登り、座る
「じゃ、いただきます」
「いただきまーす」
「美味しい?」
「うん、ケイコ、この玉子の柔らかいのが好き。でね、鳥肉も好きだよ。ふんわりしてて」
「あら、そう?どれどれ。・・・うん、今日はちょうど良く煮えたな。成功、成功」
「ママ、美味しいよ」
「あら、ありがとう」
ー 娘、食卓で絵本を見ている。母親、後片付けを終わって
「じゃ、お茶でも飲むか?」
「お茶でも飲むか」
「あんた、結構お茶好きよね」
「うん、ケイコ、お茶好きだよ。でね、ママ、今日のごはん美味しかったよ」
「あら、じゃまた今度作るか。親子丼っていうのよ」
「なんで、親子なの?」
「鳥肉と玉子でしょ。鳥肉が親で、玉子が子供」
「ふーん。でも玉子生むのはお母さん鳥だよね。・・・なんか可哀想」
「うーん、そうね。一緒に食べちゃうって、可哀想かもね、でも、美味しいでしょ」
「うん。食べちゃったから」
「そうよね。でも、鶏さんのおかげでケイコも大きくなれるのよ。だから、鳥さんに感謝して頂きます、って言うのよ」
「ふーん、そうなの」
「そうなのよ」
「でもさ、玉子のパパってどうしたんだろね」
「さあ、パパっているのかしら」
「うちと同じだね。ね、パパっているの?ケイコの」
「ん、パパね、もういないのよ」
「死んだの?」
「死んだって訳じゃないけどね。もうパパじゃないのよ」
「じゃパパいないの?」
「パパじゃないけど、どっかにいるんじゃない」
「じゃパパいるの?」
「もう、いいのよ!」
ー 娘、みるみる涙をためてうつむく
「・・今日の保育園、どうだった?先生やさしかった?」
「・・・」
「・・ケイコ、ごめんね。・・・お茶、飲も?」
「・・・」
「ケイコの好きなエクレア買って来てあるんだ。食べる?」
「・・食べる」
「この店のエクレア、美味しいのよね。昔よく買ってきたわね・・・あいつが・・・いいとこもあったんだけどね・・・っ・・・」
ー 女、両手で自分の肩を抱いて、台所へ立つ
「・・・今、お茶入れるからね・・・」
ー 娘、椅子を降りて、女のところへ行く。シンクに向かっている女を見上げて
「ママ、きょうね、先生がね、ガンバローって、言ってね、皆で右手上げてね、ガンバローって、言ったんだよ。先生もね、涙ためてた。・・ね、ママ、ガンバロー?」
「ケイコ、あんた、いい子ね」
■ 銀座の寿司屋十軒 ー 年上の女
「おっ、今日さ、鮨屋行こうよ」
「いいわよ。どこ?駅前の?」
「違うよ、銀座よ、銀座」
「あら、どういう風の吹き回しかしらね。何か怪しいー」
「別に。怪しかないよ」
「だってさ、急に。変じゃなーい?」
「実を言うと、年末調整で大分戻ってきたんだ。だから」
「何か、企んでるんじゃないのー。でも、嬉しいわ。銀座のお鮨なんて久しぶり」
「え、一緒に行ったことあったっけ?」
「・・・ほら、あったじゃない。いつだったか」
「覚えがないなー。どこの店だ?」
「忘れちゃったー」
「そっちこそ、怪しいぞ」
「まあ、それはおいといて。着替えなきゃ。何着てこうかな」
ー 銀座
「さて、どこ行こうか。K笹?K兵衛?Tとや?」
「あら、行ったことないのによく知ってるわね。まずはK兵衛がいいんじゃない?」
「よく知ってるな。さては」
「まあ、いいじゃないの」
「まあ、いいか。一応、予約しとくね」
ー 男、携帯で予約
「空いてるってさ」
「あら、良かったわ」
ー 女、男の腕をとる
「うふふ」
「何だい?俺が、無理してて?そこが可愛いってか?」
「あんたね、齢の割によく分かるわよね。そこがいいんだけど、ちょっと心配」
「ふん」
ー 二人、店の前に
「ああ、ここだ」
「ここよね」
「鮨屋なのに、すぐ暖簾じゃなくて、こう奥まってるってのはさ。大店だからかな」
「うんちくたれないで、さっさと入んなよ」
ー 二人、店に入る
「えい、いらっしゃい」
「さっき、予約したもんだけど」
「はい、承っております。どうぞ」
「空いてるね。ここらで良いかい?」
「どうぞ。っらっしゃい。お飲物何しましょうか」
「お酒だね。猪口二つで」
ー 二人、酒を飲みつつ、うまいうまいと鮨を食べる
「じゃ、お勘定」
「ありがとうございました」
ー 店を出る二人
「やっぱり、おいしかったわね。さすがK兵衛」
「まあ、値段も値段だからな」
「あら、値段が高くたって、あんまりおいしくない所だってあるんだから」
「そりゃ、そうだな。だけどさ、俺、もっと酒飲みたかったなー」
「あらー、だめよ。お鮨屋さんなんだからさ。基本的にはお鮨食べなきゃ。私は満足、満足。・・あんたってさ、酒さえ飲んでりゃいいんじゃないの?」
「ふん、じゃ、もう鮨屋に連れてってやんない」
「ふふ、嘘嘘、またおいしいとこ行こうよ。私が食べるからさ。卵焼き残しといてあげるから、お酒のあてに」
「ふん」
■ ぼうず軍鶏に行く ー しゃぶしゃぶの乱
ー 安アパートの二階、玄関とは名前だけの靴脱ぎ場に六畳間、小さな台所つき。お昼に近い
d「センパーイ、肉買ってきましたー、四キロ」
a「おー、待ってたぜ。おい、肉が来たぞ」
b「ウォー、肉だ肉だ。久しぶりだな、肉喰うの」
c「おめー、がっつくなよな」
b「うるせーっつーの」
a「よしよし。ネギもあったよな。おい、ナベとコンロ出せよ」
b「うっす。おい、ガスのカートリッジそこにあるよな。取ってくんないか?」
c「オッケー」
ー 男、ガスコンロに火をつけ、アルミの平鍋を乗せる
b「センパイ、それからどうするんでしたっけ?」
c「水いれるんじゃないの」
b「違うって、確か、脂身で脂出すんだって」
c「そうか?そんな気もするな。おい、買ってきた肉に脂身がついてんだろ」
d「えー、まあ、脂身の方が多いくらいですが。切ります?」
c「なんか面倒だな」
b「そのまま、入れちまえよ」
d「センパイ、出汁を作ってしゃぶしゃぶ風にしましょうよ」
a「お前、やり方知ってんのか?」
d「だいたいですかね」
b「じゃ、水入れるんだな。おれが入れてくるよ」
ー b、ナベを台所に持って行って、水を入れる
b「こんなもんか?」
d「そんなもんでしょ」
c「それからどうすんだ?ショウユ入れるんか?」
d「コンブとかありましたっけ?」
c「そんなもん、ないよな?」
b「見た事ないな。ショウユ入れちまえよ」
c「おーよ。ネギはどうするんだ。センパイ。ネギどうします?」
a「切って、入れるんだろうな」
d「まな板あります?」
b「そんなものねーよな?適当に切って入れりゃいいんだよ」
ー c、ネギを手にもって、ナイフで切りながらナベに入れる
a「お前さ、ネギ、洗った?」
c「ネギって洗うんでしたっけ」
a「当たり前だろ」
c「でも、もう入れちゃいました」
a「そうか。まあ、いいだろ」
ー ナベの湯が煮立ってくる
b「お、煮立ってきたぜ、それからどうするんだ」
c「しゃぶしゃぶだからよ。一切れづつ入れて喰うんだよ」
a「よし、喰うぞ」
b、c、d「いっただきまーす」
a「おっ、なかなかいけるじゃねーか」
b「うまいっす」
c「くるっす」
d「たまりません」
a「肉とくりゃ酒だな。おい酒残ってるよな?」
b「大五郎の特大がまるまる残ってますよ」
a「それよ。おい、コップとってきて呉れないか?」
ー 男の一人、台所からコップを持って来る
c「なんか、このコップ汚れてないか?」
b「焼酎いれりゃ、消毒になるっつうの」
ー 各自のコップに焼酎をそのまま注ぐ
a「じゃ、どーもー」
b、c、d「かんぱーい!」
d「ききますね。これ。ちょっと、なんだけど」
b「なんだー?」
c「へへ、不味いってか?」
d「いや、そんなことありませんよ」
b「そうだろ。ぐっといけよ」
c「おい、肉、こっち回せよ」
d「はい、どーぞ」
b「お前、喰うの早いな、まだその肉、生じゃねーの?」
c「気にすんなって」
ー 三十分ほどもして
b「らけろよ。おまえさー、げふっ、あの女どうしたよ」
c「あれか、えへへ、なんだよ。ひひ」
b「あんだ、このやろ、隠すなよなー。せんぱーい。こいつさ、わりー、やろーなんですよ。ひくっ」
c「おれはね、ねー、別にね、悪かないすよー。あの女がね、ただ、ひひ、うっつ、んなだけですよー」
b「なに言ってんだ。このやろー。おれだってねー、ひくっ、あれ、しゃっくりが止まんねーな。ひくっ」
a「おー、おれが教えてやろか?んー?こうやってよ。コップに酒いっぱいつぐだろ。そしてだな。こう。おっとっと。コップの向こう側からだな、飲むんだよ。こうやって。やってみろ、おまえ」
b「こうですか。・・コップいっぱいにして、首のばして、ひくっ、こう、ひくっ、向こう側から、ありゃ」
d「せんぱーい。ほら、こぼしてますって。あーあ、こぼしてるって」
b「なんだー。おれはね。こぼしてなんかいないよ。だいじなね、酒だから。こぼさないって。ひくっ」
a「おまえね、ね、のみがね、足んないのよ。ほら、もっとのめよ。ほら、おまえも」
c「ぼくね、のんでますよ、えーほら、や、どうもどうも、せんぱーい。ありがとっす。げふ」
a「ほら、おめーも」
b「どうも、ひくっ、だけど、あれですね。久しぶりに肉、喰ったすね、ひくっ」
a「そうだろー、俺のおかげだぞー。パチンコで、連続大当たりしたんだから、れんぞくだからなー。ほら、おまえ、おとなしいぞー、のめー」
d「・・飲んでますって。うっ。だけどね、せんぱーい。うっ。これがね。うっ」
a「あぐっ?あ?なんだ、こいつ泣き上戸かよ。まあ、泣くなよ、な、もっと飲め、な」
ー 一時間ほどもして
a「それれさ、あんだよ。おめーはさ、いいやつだよ」
b「おー、ひくっ、おら、こぼしてる、っとと、おれらってさ、ヤキューやっててさ、ピッチャーらった、ひくっ、のよ。お、キャッチボールやろ、ボールないな。おろ、この新聞のだな、紙まるめて、このやろ」
ー 男、新聞紙を丸めた紙を適当に投げつける
c「およ、そう、きらか、こっちは、ばったーな。まってろ」
ー 男、新聞紙をバットにみたてて、振り回す
「ひゃはは、おめー、よろけてやんの、はは」
b「ばったー、うちました、おろろ」
ー 男、よろめいて、回りの本、空きペットボトル、を蹴飛ばす
a「げっはは、ばかー」
b「おれにもやらせろー」
c「おれは、とうるい、やるからよー、へーい、リーリー、それスライディングー、ドッカーン」
a「そんなんじゃ、うひっ、話にね、なんねんだよー」
d「うっ、部屋がめちゃめちゃじゃ、うっ、ないすか、うっ、あんとき、ちゃんとしてらら、こんな、うっ」
ー 紙のボールを投げる男、紙のバットを振り回す男、畳にスライディングする男で、部屋はめちゃめちゃ。突然、ドアが開いて、美少女現れる
a、b、c、d「あっ、タエちゃん」
美「・・・このアホども」
ー ドアがバタンと閉まって、美少女去る
a、b、c、d「お前のせいだからな」
a、b、c、d「うるせー」
ー 乱闘が始まって、部屋さらに、めちゃめちゃに
■ たいめい軒のビフカツを食す ー サラリーマンの末
「レモンハイに、ブタカツとししとう!」
「はいー、レモンハイ一丁、トンにシシトウ!そちらさんは?」
「あー、僕もレモンハイに、ギュウカツ、それにタマネギ」
「レモンハイ、もう一丁!ギュウ、タマ!」
「はい、レモンハイ、お待ちどう!」
「お、早いですね、この店」
「早いでしょ、ま、カンパイ!」
「ドーモ」
ー 初老のサラリーマンらしき男二人、立ち飲み酒場にて
「仕事、どうですか?」
「まあまあってとこですかね、今、中国向けのをやってて、残業が多くなって。おたくは?」
「ああ、業界の標準化ってやつで、委員会の先生集めたりかな」
「はい、お待ち、シシトウ、それにタマネギ」
「標準化委員会って、この前、社内で立ち上げたっていうやつですか?」
「そうそう、あれ、手間がかかって。若いのが今イチで。おたくの中国向けのって、輸出?」
「そうです。現地のね、インフラの調査や据え付け準備なんてのも。やってるね」
「そう、じゃ結構大きい仕事なんだ」
「そう。品質管理とかね、任されてるんですよ。でも、営業の方の部長がうるさくて」
「営業は急いでるだろうから」
「この前ね、こっちから言ってやったんですよ」
「ほほー、それはそれは。」
「はい、ギュウとトン」
「あ、どうも。これ、どうやってつけるんですか。ソース二度つけ禁止なんてあって、関西みたいですね」
ー 男、ギュウカツをバットのソースに浸け、食べる」
「一人、定年になって、欠員が出たのに、補充されなくってね」
「まあ、どの部署も人減らしだから」
「だけどね、その定年になった人、僕の先輩なんだけど、定年の辞令をね、部長からもらってるんですよ」
「え、そいつはどうですか。普通は社長でしょ」
「そうなんですよ。昔はきちんと社長室に呼ばれて、一声あって、渡されるもんですよね」
「そうでしたよ」
「そうですよね。近頃は文系のばっかり上で。あの取締役いるでしょ。中国担当の」
「ああ、あれ、知ってますよ」
「あの人なんかね。技術のことなんか、全然分からないんですよ」
「まあ、そうでしょうよ。役員の殆どが技術のことなんか知らないんじゃないですか」
「ウーロンハイ、おかわり!」
「はい、ウーロンハイ、一丁!」
「大体ね、年次計画って言ったって、いきあたりばったりなんだから」
「そうですよ。まず、生産現場のこと知ってなくっちゃ、様子なんて分からないんだから」
「そうそう、それをね、今の生産担当の役員、あれ何ですか。経理出身でしょ」
「その通り!」
「こっちも、レモンハイおかわり!」
「はい、レモンハイ、一丁」
「早いね。・・だからさ、分かっちゃいないのよ」
「あー、知ってるわけないですよ。品質管理なんかは、こっちが一番知ってるんだから」
「だから、あんな問題起こすんですよ」
「それそれ」
「大体ですよ、大体ね、あの社内委員会だってですよ。いくらMBAか知らないが、あんな若いのを頭に持って来てですよ。うまくいくわけないじゃないの」
「その通り!現場知らなきゃね」
「だのにね、上はね、営業ばっかり」
「その通り!その通りですよ、技術軽視ですよ」
「こっちは指図受けるばっかりで、でもそれが、おかしいんだから」
「そう」
「だから、うまく行かないんだ」
「そうですよね。こっちも同じ」
「しかし、このカツ、硬いな。硬くない?」
「ちょっと硬いかも。おたく、大丈夫ですか?歯」
「入れ歯が合ってないのかな。作り直した方がいいですか?」
「さあー、私もね、あんまり肉類はね、駄目って言われてるんですよ。血圧が高くって」
「・・じゃ、帰りますか。・・お勘定!」
ー 男二人、店を出る
「ここ、安いですよね」
「安いでしょ。また来ますか」
「しょっちゅうは、体に悪いかも知れませんからね。なんですか。メタボリック・シンドローム?」
「ああ、あれ、体が大事ですから」
「そうですよ。健康第一ですよね」
「そうそう、うちの犬も太り過ぎなんですよ」
「そうなんですか。うちもそうでね、犬のシニア用フード買ってきました」
「犬が一番可愛いですよ」
「その通り」
ー おめーら、いつまでもやってろ。著者より
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