その十件

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一人芝居

最初の喫煙

− ある冬の昼下がり、空は青空。公園のベンチには老人と少女が座っている。ベンチの回りには枯ちた黄色い銀杏の葉がいっぱい。
「ヨリちゃん、学校どうだい?」
「えー、普通だよ。親切な友達がいっぱいいるし。先生もいい先生だよ」
「そりゃ良かったね。こっちに引っ越して来てもう半年くらいか?」
「違うよ七ヶ月も経ったんだよ」
「そうか、そうか。もう七ヶ月か」

ー 老人、ポケットからタバコを出して火を点け。深く吸い込んでから大きく煙を吐き出す
「おじいちゃん。タバコって体に悪いんだよ。それにフクリュウエンっていうのが、回りの人にも迷惑をかけるんだって」
「おー、そうなんだってね。トロンティじゃタバコなんて吸ってる人はいないんだろ?」
「うん、全然、見た事ない」
「街がきれいなんだってな?」
「そうだよ。ゴミなんか一つも落ちてなくって、家がきれいで、ビルなんかもみんなきれいなんだよ。並木もきれいで。・・・帰りたいなトロンティ」
「そっか、トロンティに帰りたいか。学校でちょっと意地悪されてるのか?」
「・・・ちょっとね。ママとパパには、黙っててね。心配するから」
「はは、大丈夫だよ。おじいちゃんは口が堅いからね」
「たいしたことないんだけど。ヨリコがね、ちょっと英語使っちゃったりするでしょ。そしたら、すごいね、って皆いうんだけど、後で、遠く離れたところでね、こっち見てひそひそ、話してるの。男の子がね、消しゴムぶつけたりするんだ」
「おや、そりゃ大変だ。でもヨリコちゃんは、大丈夫だよ。しっかりしてるから」
「うん、そんなこと平気だよ。親友もできたしね」
「そいつは良かったな。いい友達はね、大事なもんだよ。トロンティ帰りたい?」
「ううん。トロンティはきれいだけど。こっちにもう来ちゃったんだし。・・・でもさ、ヨリコ、このいちょうも好き。地面が全部、黄色になっちゃうところがとってもきれい」
「そうさ、何処もいいところと、悪いところがあるもんだよ。トロンティだってさ」
「えー、おじいちゃん知ってるの?トロンティ」
「知ってるよ。トロンティはさ、きれいなんだけど、ゴミをね、アメリカに輸出してるんだよ。でも近頃、それがうまくいってないみたいなんだ」
「本当かな?そんなことしてるのかな?ヨリコ知らないよ」
「パパに聞いてごらん?」
「そんな筈ないよ。おじいちゃんてさ、好きだけど、嫌い!」
「はは、帰ろうか?」
「・・・・」

− 二三日経った昼下がり、空は青空。公園のベンチには老人と少女が座っている。ベンチの回りには枯れ落ちた黄色い銀杏の葉がいっぱい
「ね、おじいちゃん」
「なんだい?」
「トロンティの話」
「ああ、トロンティって街がきれいなんだってな?ゴミなんか一つも落ちてなくって、家やビルもきれいで」
「違うよ、ゴミの話」
「ああ、アメリカにゴミ出してる話か」
「うん、あれね、本当だった。この前アメリカに断られて、将来、湖が汚れるかもしれないんだって。ショックだったな」
「はは、何でも表と裏があるってことさ」
「トロンティのスーパーにね、黒いビニールで覆ったコーナーがあるの。そこに、小さな穴が開いていてね。パパに、あれ何って聞いたらなんか怖い顔してさ。ヨリコも黙ったんだけど。本当は知ってるの。ヨリコのもっと小さい時、そこでタバコ売ってるのを知ってたから。その小さい穴からこっそりタバコを買ったり売ったりするのよ」
「へー、凄いね。おじいちゃんがトロンティに行って、タバコ吸ったら捕まっちゃうかも」
「なんかね、隠してる場所があるって、とっても変。ね、おじいちゃん。タバコって美味しいの?」
「そうだね。ご飯食べた後は美味しいって感じがするな。ヨリコちゃん吸ってみる?」
「えー、小学生の孫にタバコ勧める祖父って、いるのかー?」
「はは、トム・ソーヤーだって吸ってたからな」
「あれね、ヨリコ、読んでいてびっくりした。でもあの二人の冒険が好き!」
「おじいちゃんも好きだったよ」
「ね、ママとパパには絶対に内緒にしてくれる?」
「ああ、おじいちゃんは口が堅いからな」
「じゃ、一本ちょうだい」
「後で、気持ち悪くなるけどね」

ー 老人、少女にタバコを差し出し、火をつけてやる。少女、ぎこちない手つきでおそるおそる、タバコを吸う
「ちょっといい香りがするけど、あんまり美味しくないね。でもむせないな」
「そうかい。一服したら帰るか」

ー 二三日経った昼下がり、空は青空。公園のベンチには老人と少女が座っている。ベンチの回りには枯れ落ちた黄色い銀杏の葉がいっぱい
「ねえ、おじいちゃん」
「ん?学校の友達の話?」
「違うよ、タバコの話。この前さ、やっぱり家に帰ったら、なんか気持ちわるくなっちゃって。ソファで寝転がっていたらね、ママが大丈夫って、顔色が悪いわよって、聞くから、風邪引いたのかも、って嘘ついちゃった。ママに嘘つくの私、初めて」
「はは、そうかい。女の子は小さいころからなかなか油断できないな」
「おじいちゃん?」
「なんだい?」
「タバコ一本ちょうだい」

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崩し文字を読む ー 水盤の花火

ー 秋口、まだ木々は緑だが、朝晩は涼しい。あるアパートの三階の一室。和室に布団が敷いてある。男と女、布団の中に裸でいる。枕元に水盤。二人とも腹這い。
「ね、サブちゃんさ、凝り性だよね。いくら何でもさ、ここまでやるってのは、どうかと思うよ」
「ま、いいじゃないの。ミナとこういうのしてみたかったんだから。だけど、ミナさ、よくこんな水盤、持ってたよね」
「ほら、私だってさ、お花習ったことあるお嬢さんなのよ。それで実家からこの水盤持ってきてあったの。たまにはね、お花生けることだってあんのよ。で、どうやんのさ?」
「まずローソクに火つけるだろ。そして、こう剣山に立ててだな。そうだ、煙がいっぱい出るからさ。窓開けてよ」
「えー、外ちょっと寒いよ。私、裸だし」
「三階だから外から見えないって」

ー 女、裸で布団を出て窓を一杯にあける
「うー、ちょっと寒いよ。でも、サブちゃん、すごいいい月だよ。満月かな?」
「満月かも。こうやって見るとさ、ミナきれいだよ」
「やだ、あんまり見ないでよ。恥ずかしいんだから」
「はやく戻んなよ」
「うー、寒!。それでどうすんのさ」
「こうやって、線香花火するだけさ。ほら一本とって」
「ふーん、こんな風に線香花火するなんて初めて」
「俺もだよ。江戸時代にさ、こうやって花火を楽しむ、ってのが吉原あたりにあったらしいんだよ」
「へー、淫靡いーっ」

ー 男、腹這いになったまま、胸の下に枕をあてる。線香花火に火を点け、水盤の上にもってくる。女もそれを見て、花火に火を点ける。花火、シュッと燃えてから、赤い玉ができる。
「こうやるとさ、花火がきれいね。水盤の水に映って。花火が二つあるみたいで。シュパッって火が飛んで」
「ああ」
「・・・でも線香花火ってさ、虚しいよね。こんなふうに火が最後にヤナギの葉みたいに垂れ落ちて」
「ああ」
「それで、ジュッと言って水に落ちて」
「ああ」
「何、見てんのよ」
「え?ミナ可愛いなって思ってさ」
「何よいまさら」
「そうだな」
「もう一本とって」
「はいよ」
「・・・私さ、小さい頃、おばあちゃん子でさ、夏には、よくおばあちゃんと花火したわ。男の子と花火すると、花火を振り回したりするでしょ。あれが嫌で。いつもおばあちゃんと」
「親はどうしたんだ?」
「あの頃は二人とも共稼ぎでね、二人とも遅くって、いつもおばあちゃんと一緒だった」
「ふん」
「私が中学の二年の時かな。おばあちゃんが亡くなって。あれからよね、私、大人になった気がしたわ。あの時の花火もきれいだったな。静かで、庭が真っ暗で。虫が鳴いていてね」
「・・・ミナさ、結婚しようか?」
「・・・本当に?」
「ああ」
「・・・」
「ミナ。こっち向きなよ。花火がきれいだよ」

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浅草の舞台を全て看る ー うめ吉のファン

うめ吉のファンだってことは、いや私のことなんですが、前にカミングアウトしました。それで済まないんだろうって。えー実はそうなんです。実はまだお話していなかったことがあるんです。いえ、大したことはないんです。そうですか、話して楽になっちまいなって、おっしゃいますか。じゃ、あなただけなんですが、お話しちゃいましょう。実はうめ吉のライブに行ったんです。おまえ、ライブなんて言葉知ってるんか、ですって。いや、私だってそのくらいは聞いたことありますよ。この前なんですが、青山でそれがありましてね、行って来ました。こっちと言えば、青山という場所じたい、なじみがなくて、ライブの場所なんてのも初めての経験だったんで、ちょっとブルっちゃうってんでもなかったんですが、年甲斐もなく浮き浮きしちゃいました。

どうだったって聞くんですか。そりゃファンとしては何でも許しちゃうんですよ。うめ吉が両手に紙の鼓をもって振り袖をふって踊る姿というのも、ファンじゃなければ見てられませんよ。恥ずかしくって。でもね会場の客が、私より爺いもいるくらいなんですが、さすがにキャーキャーは叫びませんが、皆ファンだってことでなんか年甲斐もなく熱くなりました。うめ吉の歌に合わせて太腿あらわに腰元シスターズなんてのが目の前で踊ったせいもあるんですが。いや、こんな風に話すのも恥ずかしいんですよ。

まだ、話してないことがあるだろうって。いやこれが全部です。そんなきつい顔しないで下さいよ。わかりました。実は続きがあるんです。話ちゃって良いんですか。わかりましたよ。残らず話しちゃいます。実は青山の後、原宿でもライブがあったんです。それにも行っちゃいました。やっぱり舞台の近く今度はそでの方でしたが、開場の一寸前から並んでいたもんですから、前の方にすわれました。何かおかしなことしなかっただろうな、ですって。ええ、大人しくしてました。まライブですから酒が出まして、わたしゃビールを一杯いただきました。あのー、酒があるともっと話し易いんですが。いい加減にしろって。はあ、わかりました。実はもう飲んじゃってるんです。なんかこの部屋暑くありませんか。そうでもないって。そうですかね。

ついでにもう、しゃべっちゃいますが、まだあるんですよ、これが。うめ吉ね、三月にアメリカで公演するんですよ。アメリカですよ。ま、いくらファンだって言ったってアメリカくんだりまでくっついて行く、なんてことはできませんので。金の都合もありますしね。わかるでしょ。でもね、うめ吉の事務所が画策しまして、アメリカ公演報告会をやるっていうじゃありませんか。いやね、この前案内が来たんですよ。しかもね浅草の貞千代の座敷で酒肴つきでやるってんですよ。これが、ね。え、落ち着けだって。これが落ち着いていられますかってんだよ。すいません、舞い上がっちゃいました。でね、早速申し込みましたよ。返事がないんでちょっと心配してたんですが、この前切符が送られてきましたよ。それがね、切符の番号なんですが、一番。いや、恥ずかしいんですが。

それでね、このうめ吉公演報告会ね、貞千代まで行ったんですよ。なんか、朝からうきうきしちゃって、炊きたてのご飯に生卵かけた朝飯を茶碗で三杯も食べちゃいました。へ、関係ないだろって?いや、私ね生卵のご飯好きなんですよ。ご飯で気合い入れて、着物も着ちゃいました。羽織も来て、雪駄ひっかけて。それで、だいぶ時間前に浅草着きまして、貞千代の場所だって知ってるのに、わざわざ遠回りしちゃったりして。で、貞千代ついたら、座敷にどうぞ、なんて言われて。なんとなく十人くらいならいいかな、うめ吉がお酌してくれたら、へへ、なんて勝手に思ってたんですが、残念ながら、ま、当たり前なんですが、座敷に五十人分くらいの座布団とお膳がおいてあって。

で、うめ吉が出て来るまえに、お膳のお銚子でちょっと景気をつけまして、まわり見回しますとね、私みたいな親父ばっかりじゃなくって、おばさんやおねえさんもいらっしゃいましたよ。でね、横の人にこの前のうめ吉のライブ行きました?なんて聞いたりしている内に、時間になりましてね、うめ吉が前の方に出てきました。ヨッ、待ってました!なんて声かけて。いい年しやがって、ですか?いや、酒が入ると小心者の私でもですね、声をかける位には、気が大きくなるんですよ。こう見えても。うめ吉がね、それからアメリカに行ってあちこちツアーした話を聞きました。いや、うめ吉偉いなー、英語もしゃべっちゃったんだー、なんて、こっちはファンだから、何でも許しちゃうんですよ。たははー。

うめ吉が一曲唄って、おしまいかってーと。違うんですよ。何があったと思います?知るかって。まあ、そうですよね。ファンじゃない人にわかる訳ないですよねー。おっと、まま、そんなに怒らなくても良いじゃないですか。さっさと話せって。はいはい。貞千代からですね、うめ吉と客がみんな揃って、浅草寺に行ったんですよ。お練りですよこれは。私もうめ吉にぴったりくっついて、観音様まで行こうなんて気持ちはあったんですが、本当のファンはね、そんなことしないんですよ。こう、遠くから暖かく見守るっていうか、それが本当のファンなんです。そんな鼻で笑わないで下さいよ。

観音様の境内の奥山の手前に、池があるじゃないですか。そこに石橋がありまして、えへへ。これがまた。うふふ。まま、そんなに怒らないで。わかりました。さっさと話ますって。その石橋の上で。えへへ。うめ吉とツーショットの写真撮ったんですよ。ぎゃー、はは、恥ずかしい。こっちも和服で、うめ吉もあの日本髪で。おほほのははは。ま、来ていた客、順番なんですがね。後でその写真送ってもらって、誰にも知られない秘密の場所にしまってあります。これはね、旦那、絶対喋りませんからね。

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断食をしてみる ー 断食道場を訪ねる


― 遅い夏。部屋に女が独り。ショートパンツにキャミソールで、雑誌を読んでいるところで、電話が鳴る。
「もしもし、ユーコ、あたしだけど。今いい?」
「あら、タマミ!こっちは全然平気、今ねお風呂から上がったとこ。元気にやってる?」
「まあまあよ。別に用事ってわけじゃないんだけどさ。ユーコこの頃、忙しそうだから」
「忙しいったって、しょうがないのばっかりよ。丁度よかった。ちょっと、聞いてよ」
「何?」
「もう、やんなっちゃう」
「えー?どうしたのさ」
「クライアントからね、きっついクレームが入っちゃって。今日もね、ユニットん中で、ユニットなんてかっこつけてるけど、部長とスタッフがいるだけなんだけど、クレームどうしようかって、今日、一日中会議だったのよ」
「クレーム処理かー、きっついわよね」
「そう、それでね、私になんとか押し付けようって、部長の態度が見え見えなのよ。また、若いのがね、腰ひけちゃって」
「中間管理職の辛さよね」
「でも、部長に責任があるのは、みんな知ってるし、こっちだって、こうなるって反対したんだから」
「まま、あんまり怒んないで。この前、若いので可愛いのがいる、とか言ってたじゃない?」
「もう、全然。いざとなったら、だめなのよねー」
「そんなもんよ。ところでさ、ユーコ、断食道場に行かない?って話なんだけど」
「え、何?断食道場?あー、思い出した。この前、タマミが話してたやつね、タマミのとこのお客さんが行ってる、っていう」
「そうそう。なんかこの頃、疲れちゃってさ」
「だって、タマミ、街中にサロン持って、ばりばりやってんじゃないの。個人経営はいいわよ」
「そんなことないって。大変なんだから。あんたと同じで若い子が、なんかピリッとしなくてさ」
「じゃー、思い切って行ってみようか?」

― 断食道場に向かう車中で、女二人
「お弁当食べようか?」
「食べよ食べよ!」
「あらー、そっちも美味しそうね?」
「これって美味しいのよ。この前の出張でね、食べたの」
「でもさ、ユーコ、あんた、ちょっと太ったんじゃないの?仕事帰りに美味しいもの食べて」
「ストレスよ、遅くなってから食べたりするから。あんたはあんまり変わんないわね」
「それがさ、顔はあんまり変わんないんだけど。お腹にちょっとお肉がついちゃってー」
「どれどれ」
「やめてよー。お客さんの体調相談受けてるのに、こっちがこれじゃねー、ちょっと気にしてんのよ」
「それで、断食道場って本当に体にいいのかしらね。リバウンドがないのかしら」
「お客さんの話では、ちょっぴり気持ちが変わるだけで、そういうのがなくなるんだってさ」
「ちょっと怖いけど、楽しみよね」

― 断食道場の二日目。今日から本当の断食。朝から水だけはたっぷりとるように言われている二人。午後三時頃の二人部屋。大きな窓から木々の緑が続いているのが眺められる
「断食に入っても、あんまりお腹は空きませんよ、私が駄目だから食べちゃう、という気持ちを切り替えるのが必要なんです、なんて言ってたけど、どう思うよ?」
「そうよねー、私もさ、もう少し若い頃はなんか、イライラした後に食べちゃったことあったなー。食べちゃってから罪悪感が感じるのよね。そんな必要なにもないのに」
「・・・タマミもそうだった?私もそうだったわ。痩せなきゃと思ったり、つき合っていた男のこと思ったり、それが、寝る前にもう、なんかごちゃごちゃに混ざり合って頭に浮かんできたりして。・・そうしたら、お腹が空いているような気になって、冷蔵庫開けちゃうのよ。チョコなんか齧ったりして。・・それから、なんか自己嫌悪になるんだわ。そんな繰り返し」
「ユーコも辛かったのね」
「まあね。あの先生、断食が終われば、爽やかな気持ちの爽やかさんになれるんですよ、なんて言ってたけどさ、こっちは、とっくに爽やかさんよ。ね、顔だけは」

― 開け放された窓からさわやかな風が入ってくる。カーテンが揺れる
「あーふぅ、タマミぃ、お腹が、あっそうか、言っちゃいけない約束にしたんだったわね」
「もういいんじゃない。どうせ、食べられないんだからさ」
「お腹すいたな。ね、うさぎやのどら焼きあるでしょ。あれって、焼きたてがおいしいって知ってる?」
「やめてよユーコ、どら焼きの話なんて。知ってるわよ。うさぎやの焼きたては、餡がしっとりして、皮がほんわり、暖かくて、ぱくっと食べるとー、肌理細かくて」
「ううー、食べたいよー」
「自分が言い出したくせにー。じゃさ、和光のチョコレートショップのパフェさ、食べたことある?この前、食べたのー。あー、美味しかったー。あそこのアイスとココアの重なり具合が良いのよ!あの香りも!」
「止めてくれー」

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バイクに乗る

ー 離れ島のリゾート地、季節は夏、空は青く、白い雲がぽつりぽつりと浮かんでいる。バイクのレンタルショップの前を通りすぎる初老の夫婦連れ
「バイクレンタルだってよ」
「ふーん」
「前にテレビでやってたな、何かのコマーシャルで、夫婦でバイクをレンタルして。ん、キャッシュカードのCMだ」
「ふーん」
「バイクに乗ってみよか?」
「えー、バイク?二人乗り?危ないんじゃないの」
「だいじょうぶよ、ヘルメット被るんだから」
「面倒だなー、あんた一人で乗っておいでよ。ここで待ってるから」
「そんなこと言うなよ。いいじゃないの。バイクに乗るのも面白いぞ」
「そうかなー?怖い気もするし」
「乗ろうよ」

ー 夫婦、レンタルショップに入る
「いらっしゃいませー、バイクのレンタルですか?」
「うん、そう」
「二人乗りだと、このタイプがいいですよ。そんなに大きくないし、楽に乗れます」
「危なくないのかしら?」
「大丈夫ですよ。このあたり、車が少ないですし、みんな飛ばしたりしてませんから」
「途中で壊れたりしない?」
「きっちり整備してありますから。それに何かありましたら携帯でお電話下さい。すぐ駆けつけます」
「そう?」
「じゃ借りよう。これね、お願い」
「はい、ありがとうございます。では、こちらで、書類にサインして下さい」

ー 夫婦、ヘルメットを被ってレンタルショップから出てくる
「ヘルメットって、何か変な感じね」
「最初はきつく感じるだけだよ」
「なんか不細工だし」
「いいって。さあ、乗って。行くよ」
「いってらっしゃいませー」

ー バイク、スタート
「二人で乗るの久しぶりだな」
「えーっ、何だって?聞こえない」
「久しぶりに、乗ったなーって、言ったの!」
「そうよね!昔一度あったわねー!あんた大丈夫?あまりスピード出すんじゃないわよ!」
「分かってるって!」
「何年ぶりかしらねー!」
「十年ぶりくらいじゃーないのー!」
「なんか素敵ー!」
「そんなにくっつくなよ!」
「なによー!昔は喜んでたくせにー!」
「今はあっついんだよー!」
「じゃ、もっとくっついてやるー!」
「アッチー!」

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オープンカーに乗る 〜 横に美女


ー こ洒落た店の並ぶ通りの昼下がり
「Hey! カノジョー、乗ってかない?」
「何、あれ、ムカシの人?リーゼントにサングラスで」
「それにさ、あの大っきなオープンカーでさ、声かけたら乗る女がいると思ってんの?」
「いないわよねー?」
「いないわよー、ギャハハー」
「ちょっとー、こっち見たわよ」
「きゃ、こっちに来る気?逃げよー」
「逃げよー、ギャハハー、オッカシー」
「何だよ。一人じゃのってこないかと思って、二人連れに声かけよと思ったのに。今の若いモンは、このアメ車の良さが分かんないのかね?わざわざ板金に出して塗装し直してあんのに。あ、オジョーさん、乗りません?」
「何だよー。あんなに露骨にイヤな顔しなくてもいいのに。こっちは善良な市民なんだからよー」
「ま、帰るか。こんなところで」

ー 女が近づいて来る。齢の頃三十前後、ミニにブーツ。男、下を向いてタバコに火を点けている。女、顔を男に近づける
「うわっ、な、なんでしょうか」
「あんた、この車に乗ってかないって声かけてたわよね」
「は、はい、そうですが、あんたケーサツ?」
「違うわよ。乗っけてほしいんだけど。時間があるから」
「え、えー!ラ、ラッキー!ど、どうぞ」

ー 男、車の前をまわってドアを開ける
「どうぞー。へへ」
「じゃ」

ー 男、助手席のドアを閉めて、車の前をまわってあわてて運転席へ、途中サイドミラーに腕をぶつける
「いってー、はは、大丈夫ですか?」
「あんたの方でしょ」
「はは、そうですよね」

ー 男、運転席に乗り込んでバタムとドアを閉める。女、バッグからサングラスを取り出し、かける
「さ、どこ参りましょうか?」
「左手に行ってくれる?」
「はいー、いいですとも。あっちは並木がきれいなんですよね。天気もよいし。ステレオでも点けますか?お気に入りの曲でもあれば言って下さいね。いやー、いい天気ですよね。道も混んでないし。ところでさ、名前で呼んでいいかな。ぼくさ、ケイスケ。何て呼べばいいかな?カノジョ」
「停めて!」

ー 男、思わずブレーキを踏む
「わお、驚いたな。どうしたんだい?」

ー 太った女二人組、いきなり車の前に現れて、勝手にドアを開けて乗り込んでくる
「えっ、あんた達誰よ。ええっ、何?、何?」
「私の友達。ご迷惑だったかしら?」
「えっ、一人じゃないんですか。お友達。えーまあ、少し位ならかまわないんですが」
「あんたら、構わないってさ」
「ステキー、いい男よねー」
「そうそう」
「タエコ、いい子見つけたじゃない?ハハ」
「あのー、ぼく、どうしたらいいでしょうか。どっち行きます?」
「サンチャ、行って!」
「え、あー、三軒茶屋ですか。どこ行くんです?」
「行って!」

ー 後部座席にのった女達、男の首や肩に手をのせる
「へへ、はー、分かりました。まあ、ドライブということで。あのー、さっきの話だけどさ、ぼくケイスケ、何て呼べばいいかな?タエコさんでいいかな?」
「ま、ケイスケだってさ。可愛くない?」
「可愛い!。私ねメグミ」
「私はね、トモミ、よろしくね!」
「は、よろしくー」
「タエコさ、何か飲み物買おうよ」
「あそこに、コンビニあるわよ。ほら、ケイスケくん、停めて。あそこ」

ー 男、小さな声でつぶやく
「なんなんだ?後ろの女が降りたらずらかろう」

ー 車、コンビニの駐車場に停まる
「じゃ、私、買ってくるわね」
「タエコ、よろしくー」
「私ね、ラテ買って来て」

ー 助手席の女、コンビニに入っていく
「ね、ケイスケさん!タエコっていい女でしょ?」
「はは、美人ですよね」
「私は?」
「えっ?とってもステキです」
「あらー、ケイスケさんてば!お上手!」

ー 車、動きだしてしばらくして、渋滞にはまる
「あらー、やーね、どうしようかしら?」
「ほらー、タエコ、この前、あっちの道、行ったでしょ?すいてたわよね?」
「そうだったかも」
「え、道、ご存知なんですか?」
「あそこ左だったわよね、タエコ覚えてる?」
「そうかも」
「ほら、ケイスケくん、左曲がって!」
「左ね。ちょっと道細いですよね」
「だいじょぶよ」

ー 車、どんどん、細い道へ
「いや、ぎりぎりだな。通れるかなー?」
「ケイスケくんてば、こんな大きな車よく運転できるわよね?ね、タエコ」
「そうよね」
「いやー、そうですか、この前なんかね、タバコの箱一個分しか隙間の残ってない道、通りましたよ」
「すごいわよね、ケイスケくんてば」
「いや、ははー。よっとね。ぎりぎりだけどね。だいじょうぶですよ」
「すごい、すごい」
「で、あの道左ですか」
「そうよね、確か左だったわ」
「ほいほいと。いや狭くなってきましたね」
「ほら、あそこにサンチャのタワーが見えるわ」
「あら本当!もうすぐね」
「・・・あの」
「何よ!」
「この道、行き止まりなんですが」
「えー、タエコ、この道行き止まりなの?」
「なんか、そうみたい」
「えー、行き止まりって!知らなかったんですか?」
「知らないわよねー」
「そうよね」
「そうよ」
「どうする?」
「時間ないし、じゃ、メグミとトモミ、歩くか?」
「じゃ、そうしようか!仕方ないわよね」
「え、降りるんですか?」
「だって、急いでるんだもの。ね、タエコ?」

ー 女三人、車をおりてさっさと歩き始める
「あのさー、えー、行っちゃうのー」
「じゃ、どうもね。ありがとー」
「バイバイー」
「えー、バイバイ、ってか、俺どうするの?この道。方向転換できないし。どこまでバックすりゃいいんだろー。おーい、勘弁してくれよ。このー、バカヤロー」
「あら、あの男、バカヤローなんて叫んでるわよ」
「やーね。つまんない男なのよ」
「そうそう」

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馬を飼う 〜 女友達と荷馬車に乗る


― 女友達に電話する男
「よ、元気?」
「あら、しばらく、元気よ。そっちはどう?」
「ちょぼちょぼだね。ところでさ、いいこと教えてあげようって思ってさ」
「何?」
「実はさ、俺、馬買ったんだよ」
「え、馬?何、競走馬?すごいじゃない」
「いやさ、競走馬じゃないよ。そんな高い馬は買えやしないんだから」
「そりゃ、そうよね」
「うちのそばに乗馬クラブあるの知ってる?」
「えー、知らないな。佐田君の別荘って田舎でしょ。いちいちそんな事、知らないわよ」
「なんか、つっかかるような気がするけど、まあ、いいでしょ。そこにね、アラブが一頭、いるのよ。でね、この前そこの、乗馬クラブのオーナーと仲良くなってさ。聞いてる?」
「聞いてるわよ」
「ここんとこ、乗馬クラブに来る客ってさ、アラブなんて知らないから、乗り手がいないって言うんだよ。それで、売りに出そうかなんて思ってるって、話が出たわけ」
「ほー」
「それでさ、俺、馬車に乗ってみたかったからさ、そのオーナーに売ってくれないかって頼んだわけよ。売ってくんないかって言ってもさ、こっちに俺もしょっちゅう居るわけじゃないからさ、いわば、金だすから、俺がこっち来た時だけ、馬を自由にさせてくれる、って話よ」
「ふーん、それで?」
「でね、この地方っていうか、このあたりをね、人づてで探したら、馬車もあったのよ。馬車っても年代物で、なんか農家の納屋に突っ込んであったらしいんだが、でね、それを貰うことにしたの」
「へー、なんかおもしろそうじゃない。馬車と馬が揃ったらのせてよ」
「ヨーコさんさ、きっとそう言うと思ってさ、電話かけたの」
「あら、佐田君親切ね、こっちからは何も出ないけど」
「まあ、いいさ、それで馬車と馬が来たら、また電話するよ。来る?」
「いく、いく」

― 二三ヶ月後、女友達がやってくる
「おーい、来たよ」
「おー、来てくれたの」
「はい、おみやげ。年代物のワインよ」
「や、悪いね」
「ポチだっけ、この犬。ポチ、元気いー?」
「ポチじゃないよ、シーザーだよ」
「ま、それは失礼」
「こっち、こっち、見てよ」

― 男、家の裏手へ、真新しい馬小屋があり、その前に馬車
「まず、馬見てよ、可愛いでしょー?」
「へえー、こうやって間近に馬見るのって初めてかも。可愛いわね。触っても大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ。大人しい馬だから、こうやってね、鼻面を撫でてやるといいんだよ」

― 女友達、おそるおそる、馬の鼻面を撫でる
「よーし、よーし、きゃ、動いた」
「そりゃそうさ、生きてるんだからね。それで、こっちが馬車なの」
「へえーこれが馬車なの。なんか随分古いわね」
「たぶんね、四十年位前のだね。引き取ったときはかなりボロボロでさ。使えるかどうか心配だったんだけど、なんとかなったよ」
「馬車っていうより、どっちかというと荷車ね」
「ま、そう言わないで。ヨーコさんが来るの待ってたからさ、これから準備するよ」

― 男、馬小屋に入って、馬にハーネスを取り付ける。轡をつけ。馬車のかじ棒を馬にあてがい、しばりつける
「これで、準備完了だよ」
「なんか、意外と時間かかるわね」
「そのうち慣れると思うよ。さあ、乗った乗った」
「これ、どっから乗るの?」
「引っ張り上げてあげるよ。ほら、どっこいしょっと」
「もともとは荷馬車なんで、適当に座ってよ。はい座布団。じゃ出発するか」

― 男、たづなを一振りすると、馬は動き出す
「で、どこ行くの?」
「とりあえずさ、この馬のもといた、乗馬クラブに行ってぐるっとまわって帰ってこようよ」
「まあ、いいけど。ところで、この馬って名前あるの?」
「もちろんさ、流星号ってんだよ。ちょっと呼ぶのは恥ずかしいけどさ、いい名前だろ?」
「流星号ね、リュウちゃんがいいわね。リュウちゃんよろしくね!」

― 乗馬クラブのオーナーと昼間から酒を酌み交わした帰り。よい天気。男はほろ酔いで、馬車の上で寝転がっている。女友達は、座布団の上に横座りして手綱を持っている
「ねえ、こういうのって酒気帯び運転って言うの?」
「ヨーコさんが警察官だったらどうする?」
「佐田君だったら逮捕しちゃうかも」
「はは、逮捕されちゃいたいな」
「だけど、馬車って気持ちいいわね。何にもしないでも、馬が独りで家に帰るんですものね。ヒズメの音がパカポコいって、馬の汗の匂いとかもね」
「そうさ、こう寝転がって空見るともっと気持ちいいよ。それでさ、ヨーコさん。ヨーコさんに膝まくらしてもらっていいかな?」
「ふふ、いいわよ」

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ディンギーに乗る 息子にヨットを教える


「ねー、おとうさん?」
「なんだい?」
「ヨットってさ、割と簡単だよね?」
「うーん、そうだね、そうとも言えるし、そうでないとも言えるよ。どこが簡単?」
「だって、ディーラーを動かすだけで向きが変わるんだから」
「お、ディーラーなんて名前、覚えちゃったか。でもさ、舵はさ、タッキングする時の操作が難しいんだよ」
「うん、知ってる。前はさ、あの横の棒に頭ぶつけるところだったよ」
「そうさ。おとうさんが押さえておいたからね。あれブームって言うんだよ。お前がもっと小さい時で、初めてヨットに乗せた時かな、ちょっと目を離したすきにお前が立ち上がって、ブームに頭ぶつけたことあるんだよね。カーンって音がしてさ。覚えてる?」
「なんか痛い思いしたような気する」
「ま、たんこぶだけだったから良かったけどね、ハハ」
「でも、おとうさん。タッキングってさ、うまくいくと気持ちいいよね?」
「そうだな。舵をさっときって、ボートのスピードが落ちないうちに、次の風がセールに入ると気持ちいいよな。やり方覚えた?」
「ううん。失敗した時の方が多かった」
「ハハ、そのうちうまくなるさ」
「なんか静かだね」
「・・・うん」
「それでさ、風がセールいっぱいで、ボートが斜めになって、すごいスピードで走るとすごいよね?波の上をボートが過ぎる時にバンバンって、ボートの底が波がぶつかって」
「そうだな。そういう時は、メインシートを力一杯引っ張って、ボートから体を出して、頑張るんだ」
「そうだよ。おとうさん。あの時はさ、ぼく夕方、お腹痛くなっちゃった」
「腹痛でも起こしたのかと、心配したら筋肉痛だったんだよな」
「うん、それにさ、あの時、海に落ちちゃったでしょ。ぼく、怖かったよ」
「ボートを傾け過ぎると倒れちゃうんだよね。あの時は、すごい顔だったぞ。おとうさんの首にものすごい力でしがみつくもんだから」
「最初の時だけだよー」
「ハハ、そうだよな。でも頑張ったぞ」
「でも、おとうさん。ヨットがパタッて倒れると、そのまま、ああって感じで、海に落ちるでしょ、ドボンて、なんか怖いけどさ面白いよ」
「おとうさんも、面白いって思うよ」
「僕さ、ジャイブの後を覚えてるよ」
「どんなだった?」
「岸に向かうときにね、ジャイブするでしょ。したら、あんなに風があったのに、急に周りが静かになって、ボートの周りの水がピチャピチャというだけで、シーンって静かになっちゃうんだ。だけど結構スピードがあるんだよね。みるみる向こう岸が近づいてきて」
「そうだよな」
「なんか、とってもはっきり思い出すよ、おとうさん」
「そうだね。大丈夫か?疲れない?話が長くなったから」
「大丈夫だよ、おとうさん」
「そうか、じゃ帰るね、また来るからな」
「うん・・・・・」

― 男、無菌テントの脇を離れ、病室の外に出て、着替える
「あ、先生、どうも、よろしくお願いします」
「はい、できるかぎりのことは、させて頂きますから」

― 男、病院の門を出る。通行人の声
「あら、知ってる?ここの病院、白血病で有名なのよ。この前ほら、歌舞伎の人がここに入院したでしょ」
「ああ、知ってる、知ってる」

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宝塚歌劇を観る ー 主婦の昼下がり

ー 居間の電話が鳴る
「もしもし、林ですけど、今、いいかしら?」
「あら、林さん。いいわよ。子供も学校行ったし。ちょうどお茶でも飲もうかと思ってたの」
「前に、高田さん、宝塚観たいって言ってたわよね」
「そうそう。私ね、一度は観てみたいと思って」
「それがね、株主優待券を親戚からもらっちゃって、誰も行く人がいないんですって。それで高田さんに声かけてみたのよ。ね、一緒に行かない?」
「あらー、嬉しいわ。覚えていてくれて。でもいいのかしら、そんなの頂いたりして」
「大丈夫よー。使わなければ無駄になっちゃうんだから」
「本当?嬉しいわー」
「それでさ、日にちなんだけど」

ー 電車に乗っている二人
「なんか、楽しみー」
「そうよね。でも、林さんのお召しも素敵よ。その帯と着物の柄が合ってるわー」
「あら、ありがとう。高田さんだって素敵なスーツで」
「やっぱり、私も和服にすればよかったかしら?」
「違うのよ、私が単に観劇に行けるような服、持ってないだけよ」
「あーら、本当?嘘ばっかり」
「本当よ。でも和服って便利よ。どこにだってこれ一本で行けばいいんだから」
「そりゃそうよね。でも、自分で着るのがねー、大変なのよね」
「うふ、本当はね、私も朝からドタバタしちゃって、なかなかうまく着れなくて。主人がね、どこ行くんだなんてうるさくて。前に、今度高田さんと宝塚観に行くのよ、って話たでしょ、って言ってもね、忘れてんのよ。そうだっけか、なんて」
「そうそう。ろくすっぽ聞いてないんだから。だから今日は黙っていたの」
「あらー、なんか旦那さん可哀想ね」
「いいわよ。どうせ、また飲んで帰ってくるんだから」

ー 劇場にて二人
「ほらほら、もうすぐ幕が開くわよー」
「なんかどきどきするわね」
「ほら、開いたー」
「きゃー、派手ー」
「すごい」
「あれが、主役の子よ」
「すてきね、ほら、あそこにも」
「キャー!見て、見て!」

ー 劇場を出る二人
「やっぱり宝塚って凄いわよね」
「私ったら、キャーキャー叫んじゃったわ」
「林さんったら、もう、飛んじゃってたわよ」
「あら、やっぱりそう見えた?私もね、そう思ったんだけど、もう回りが凄くって」
「おばさんたちばっかりで、キャーキャー言ってたわよね。私達もだけど」
「叫んだら、喉渇いたわね」
「はいはい、お待ちかねよ。もうすぐよ」

ー 帝国ホテル、なだ万にて二人
「じゃ、かんぱーい」
「かんぱーい」
「この先付け、どうやって作ったのかしらね」
「うーん美味しそう」
「いただきましょ」
「このおつくり、違うわよね。香りが違うわ」
「美味しいわね。この椀だって、なんて美味しいダシなのかしらね。どうやって作るのかしら」
「ほらほら、そこが主婦よね。どうせ、ここまでは手をかけないんだからさ」
「だけど、もう、美味しいって言うしか、こう言い表す言葉がないわよね」
「ふふ、でも旦那可哀想よね。なだ万なんて知らないのよ」
「へへ、まあいいじゃないのさ。本当に可哀想って思ってる?」
「んー、微妙」
「ほらー。もう一度、乾杯」
「かんぱーい」

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川遊びをする ー 優柔不断な男について


― 取調室に若い男。机を挟んで取調官と向かい合っている
「まず家を出たのは何時だったの?」
「はい、あの日は車で出かけようと約束していたので、僕がアパートを出たのは6時半頃でした。朝からとってもいい天気で」
「それで、彼女と待ち合わせたんだな?」
「はい、駅前で7時ということで約束していたので、早めに行って待っていようと思ったんです。駅のロータリーには15分も前に着いたんですが、彼女はすぐ来てくれました」
「彼女、××エリさんだな?」
「はい、エリです。エリ、普段はジーンズなのに、あの日は、白に水玉のワンピースで来ました。つばの狭い麦わら帽子を手にもって、白いトートバッグを別の手に持ってました」
「あの日は、7月3日で暑い日だったからな」
「はい、エリ、ゆっくり来ればいいのに、ちょっと駆け足で車のところまで来たものだから、おでこに軽く汗かいたりして、でも、エリのワンピース姿なんて初めて見たので、ちょっとぶっきらぼうに、乗れよなんて、言ったんです」
「本当のところはどうだったんだ?」
「いつものエリが、その日はなんか眩しくて、車の中でも俺、ちらっとみたきりで。そうしたら、エリがどうしたのよ、って聞きました。なんでもないさ、って答えたんですが、なんか変なの、なんてエリが言いました。それから、エリがサンドイッチも作ってきたのよ、なんて言って。俺もそれからいつも通りに、いろんな話をしたんです」
「道は混んでたか?」
「いいえ、都心を抜けるまでは、いつもと同じくらいの渋滞だったんですが、山に向かう街道に入ったら、空いていました」
「川遊びしようって誘ったのはあんただな?」
「ええ、いや、その大分前に、今度山の方に行ってみようよ、って話になってたんです」
「じゃ、あの場所に決めたのは誰なんだ?」
「それは俺です」
「あんた、話によるとあまり山なんかには行ったことないね。どうしてあの場所にしたの?」
「はあ、それは、本屋でガイドブック買ったんです」
「どこの本屋?」
「駅前のです」
「あの場所は初めて?前に行ったことないのか?」
「なんでですか?もちろん初めてです」
「いや、一応、聞いておく必要があるんで。それで、あの場所に着いたのは何時頃だ?」
「結構時間がかかって、十一時頃だったと思います」
「街道、空いていたんじゃなかったの?」
「街なかを通るところで時間がかかったんです」
「なる程。それで、駐車場に車止めてから、現場まで行ったんだな?」
「行きました。最初もっと遠くに行く予定だったんですが、エリ、ヒールだったし、お腹も空いたから、適当な場所でお昼にしようって決めたんです」

「ふーん。道順を話してもらおうか?」
「駐車場からすぐ川の近くに行けて、木がいっぱいあって、涼しくて、なんとなく浮き浮きした感じになりました。平日だったせいか、他の人もあんまりいなくって。ちょっと歩いた所で吊り橋に出ました。小さい吊り橋で、二人で写真撮ったりして。風が吹いて。俺が先にわたって、エリに早くおいでよ、って言ったら、ワンピースのスカートに風が入ったりして、なんか俺、エリを可愛いと思ったんです。本当です!」
「それから?」
「橋わたって、二人で川沿いの道を少し歩いて、きれいな水の流れているのが見えて、普段、そんなもの見た事ないんで、エリも喜んでいました。そしたら、右手がちょっと平らな岩になっていて、そこでサンドイッチ食べようか、って話になったんです」
「そこか?そこで言い争いしたんだな?」
「言い争いだなんて、そんなことしてません」
「通りがかった人がいて、そう言ってるんだけどな」
「違います!最初は、どこにシートひこうかって。俺は木の陰の方が涼しいよ、って言ったのに、エリは川のみえる岩の端のほうにしようよ、って言ったんで、俺もじゃそうするか、って言ったんです。岩の上は平だったんですが、すぐに岩がすっぱり切れていて、川まで二米くらいありました。ざあざあいう川の音が聞こえて。俺も岩の端から覗いたら、下は流れがゆっくりで、緑色で、葉っぱがゆっくり回ってました。・・・最初、エリが、俺のこと、今日はなんか黙ってるって、なんかあったの?とか言ってたんです」
「前の日も二人のいきつけの店で仲違いしていたって、別の客が言ってだぞ」
「違いますって!仲直りしようとして、前から考えてた川のハイキングに行こうって俺が言ったんです。だけど、エリが前の晩の話また蒸し返して。俺は、もうどうでもよかったんです。でもエリがちょっとしつこかったので、むかっとしたのは本当です。だけど、つき落とそうなんてしてません。ただ」

「ただ、なんだ?」
「エリが岩の端までいって、つま先だけで立って、かかとがもう岩の外にあって、危ないよ、止めろよ、って言ったんだ。エリは前にも二人の時にそんなことしたことがあって、駅のホームの端につま先でこっち向きに立って。僕が危ないって腕を取って引き戻したことがありました」
「あの場所ではどうしたんだ?」
「わざとそんな危ないことを俺に見せつけるエリのことが、ちょっと憎くなったのは本当です。その前の日のごたごたも思い出したりして。でも、光が緑いっぱいの木の葉っぱの陰からちらちら射して、エリの顔と白いワンピースを光らせて、とってもきれいだ、って同時に思いました。そしたら、エリがバランスを崩して」
「突き落としたんだな?」

― 男大きな声を出して、涙も流して
「違うよ!俺が、俺はそんなこと!しません!」
「エリが俺に手を伸ばして。俺がその手をつかもうとして」
「助けようとしたのか?」
「・・・わかりません。よく覚えてないんです。エリが手を振り離した気もするし、俺の手とエリの振った手がぶつかった気もするし、俺が手をつかまえそこなった気もする。覚えてないんだ!」
「でも、その後は覚えているよな?」
「エリは川にざぶりと落ちて。すぐに叫ぶと思ったんだ。助けてって。でもそのまま仰向けになったまんまで、青いくらいの水にエリが両手をのばしたまま、浮かんで。葉っぱと一緒にゆっくり回っていたんです!殺したんじゃないんだ!」
「ま、また明日、気が落ち着いたら聞くことにするから。今夜一晩、もう一度、思い返してみるんだな。とんだ川遊びだったな」

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